『マンガでわかるカルロ・ロヴェッリの物理学』
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『マンガでわかるカルロ・ロヴェッリの物理学』ルーカ・ポッツィ文/エリーザ・マチェッラーリ絵
[レビュアー] ドミニク・チェン(情報学研究者・早稲田大教授)
宇宙の真理 色彩豊かに
言語と数式だけでは表現しきれない世界像が、数々の比喩的なイメージを用いて素描されている。理論物理学者と美術家がラオスのジャングルを探索しながら、最新の物理理論のレンズを通して視(み)た世界像について対話する様子を、色彩豊かなフルカラーのマンガとして描いた、美しい佇(たたず)まいの本だ。
本書を貫く問いは「最先端の物理学理論のレンズを通して私たちの時空の認識はどう変わるのか」。文字にすると難解なテーマに見えるが、専門的な知識を持ち合わせなくとも、アンリ・ルソーの絵画を彷(ほう)彿(ふつ)とさせるイラストの力と巧みなストーリー構成に導かれて物理学の面白さを体感できる内容になっている。中学生からでも読み進められるだろう。
読んでいて認識が革(あらた)まる箇所が幾つもある。たとえば、時間の流れる速度が場所によって異なるという法則は、踊るシヴァ神の体と一緒に波打つレインポンチョとして描かれている。なんと魅惑的な時空の描写だろうか。圧巻は、あらゆる存在はそれ単体として存在していないという理論的帰結を描くページだ。インドの大乗仏教を確立した僧である龍樹の縁起思想を引いた後に、世界そのものを素粒子のような極小の物質同士が「キスし合う」相互行為の網の目として表している。全ては関係することで生起するのだ。
それにしても、最先端の宇宙理論が、宮沢賢治の寓(ぐう)話(わ)『インドラの網』で日本の読者にも馴(な)染(じ)み深い「重々帝網」(帝釈天の宮殿が互いを映し出す無数の珠の網目によって出来ている)の観念と呼応するとは!「キス」というイタリア流の表現にも微笑を誘われる。老若男女を問わず、本書を読む人は自然科学と文化芸術の両側面から大いに驚異の念(センス・オブ・ワンダー)を喚(よ)び起こされるだろう。花本知子訳、松原隆彦日本語版監修。(山と渓谷社、2640円)