高等支援学校の職員が描いた「特別支援学校」を舞台にしたミステリなど、文芸評論家が選んだエンタメ7冊
レビュー
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ニューエンタメ書評
[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)
学園ミステリ、特殊設定ミステリ、ワールド・ワイドなSF、そして小川哲が小泉今日子・太田光・加藤シゲアキらと創作の秘訣を語る対談集まで、文芸評論家・細谷正充がおすすめするエンタメ7冊!
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今年の正月は比較的暇であり、よく本を読んでいた。その中から面白かったものを紹介したい。トップは、「東京創元社×カクヨム 学園ミステリ大賞」の大賞を受賞した、雨井湖音の『僕たちの青春はちょっとだけ特別』(東京創元社)にしよう。舞台は、明星高等支援学校。県内で唯一の私立特別支援学校であり、高等部だけの三年制で、軽度の知的障害を持つ生徒たちが就労と自立を目指して学んでいる。その特別支援学校に入学したのが、青崎架月だ。普通校の中学に通っていたときは、クラスのお客様扱いだった。しかし特別支援学校で出会った先輩や同級生との付き合い、そして三つの謎に挑んだことで、少しだけ架月は変わっていく。
特別支援学校の生徒が主人公ということで、知的障害に関する誤解を招いたり、差別を助長するような書き方をしていないか心配した。しかし杞憂であった。作者は高等支援学校の職員であり、諸々の描写に気を使っているのだ。主人公の架月の内面が深く掘り下げられており、唐突と思える行動の内面を、納得できるように表現している。もちろん実際のところは分からないが、これだけ書ければ充分だろう。また、階段掃除をしている先輩が嫌がらせを受けているのではないかと架月が疑う最初の謎を始め、すべての謎が知的障害と結びついている。いままでになかった斬新な学園ミステリーだ。ただし本書は、作者が自分のフィールドで創り上げた物語になっている。作家としての将来性は、次作を読んで判断したい。
貴戸湊太の『その塾講師、正体不明』(ハルキ文庫)は、個別指導塾・一番星学院桜台校(通称、バンボシ)で、次々と起こる事件を扱った連作長篇だ。桜台近辺では四月から通り魔事件が相次いでいた。被害者は、十代から二十代の女性。犯行時刻は、午後九時から十時の間に限られており、なぜか被害者の掌を刃物で深く傷つけている。最初の被害者がバンボシの生徒の藤倉つぐみだったこともあり、生徒や親たちも落ち着かない。ところが生徒の小笠原萌絵が、授業終了が午後九時四〇分になる時間に変更。なぜ危険な時間に変更したのか。バンボシに通う森本梨央と沖野龍也が、探偵団となり調査を始める。そして、四月から梨央を担当している不破勇吾という、二十八歳のアルバイト講師を、通り魔ではないかと疑うのだった。というのが第一話「少女と闇」の粗筋だ。
ちょっとネタバレになってしまうが、早い段階で明らかになるので、勇吾の正体を明かそう。彼は元県警捜査一課の刑事だった。訳あって刑事を辞めたが、事件に対する嗅覚は鋭い。その嗅覚で、バンボシの生徒が絡んだ事件や騒動を治めていく。学校でいじめを受けているという生徒のゲーム機が壊される第二話「見えない犯人」で、読者の意識から犯人を見えなくする、作者のテクニックが心憎い。各話の背後に、通り魔事件があり、それがラストの第三話「通り魔はそこにいる」で解決する構成もよかった。一方で、無意識のうちに刑事に未練を抱いていた勇吾が、それを吹っ切って真の意味で塾講師になるという、成長物語にもなっている。読ませる作品だ。
実石沙枝子の『17歳のサリーダ』(講談社)は、いじめられるようになった友人と、態度を変えることなく付き合ったため、自分もいじめられるようになり、高校を辞めた畑村新菜が主人公。特にやりたいこともなく、孤独な日々をおくっていた新菜だが、「キッチンさいばら」の料理人で、フラメンコのカンタオール(歌い手)のジョージと出会ったことから、止まっていた時間が動き出す。ジョージから、プロのフラメンコダンサーの有田玲子に引き会わされた新菜。小学校四年までバレエを、中学に入ってからは部活でチアをやっていた彼女の才能を見抜いた玲子によって、フラメンコを始めることになる。さまざまな体験をしながら新菜は、新たな世界に踏み出していくのだった。
高校をドロップアウトした少女の再生。これ自体に新鮮味はない。だが、フラメンコという題材によって、魅力的な物語になっている。人間の感情を生々しく表現するフラメンコが“はぐれ者”となった新菜の居場所となる展開が気持ちいい。やはり高校を辞めて福岡に行ってしまった友人との関係や、いじめっ子との遭遇。さらにジョージの秘めたる過去などにより、読者の興味を途切れさせない作者の手腕も冴えている。まだ新人といっていい作者だが、今後の活躍も期待できそうだ。
藤井太洋の『まるで渡り鳥のように 藤井太洋SF短編集』(東京創元社)収録の十一篇は発表場所が日本以外の作品も多く、ワールド・ワイドな広がりが感じられる。まあ、内容はワールド・ワイドどころではなく、宇宙を舞台にしたものも少なくない。個人的なベストは、「羽を震わせて言おう、ハロー!」。系外惑星探査船として設計された“私”が、遥かなる未来、遥かなる宇宙の彼方で、知的存在とファースト・コンタクトを迎える。人類の扱いに切ない気持ちになるが、それすらも作者は軽々と超越。壮大な喜びに満ちたストーリーだ。次点は「祖母の龍」。太陽フレアと奄美のユタ(巫女)を結びつけ、その果てに出現する光景に圧倒される。
とはいえ自分が作者のビジョンを十全に理解しているかというと、いささか心もとない。たとえば冒頭の「ヴァンテアン」の、サラダのようなバイオコンピューターとか、いったいどういうものかと混乱してしまう。だから、なんだか分からないけど凄いという感想になってしまうのだ。しかしSFは、それでいい。とんでもないビジョンに接して唖然茫然となるのも、SFの魅力なのだから。
標野凪の『冬眠族の棲む穴』(徳間書店)は、まず造本そのものを称揚したい。小型のハードカバーで、装画は竹田明日香。一目見ただけで手に取りたくなる、愛らしい一冊だ。だが収録されている、二十四節気に合わせた二十四のショートショートは、優しくもシビアである。「働き蜂」では、校正の仕事をしている女性が、電車の中の母子を見て、もしかしたらあり得たかもしれない人生を夢想しながら、今の自分を肯定する。「後悔の向こう側」は、違う過去の道があったことを知った女性が、後悔を抱えながら前を向いて生きていく。取り返しのつかないもの、取り戻せないものがある人々の人生が、鮮やかに切り取られているのだ。
一方、両親によって箱の中で育てられた女性の、コントロールされた人生を見つめた「箱入り娘」は、いわゆる“奇妙な味”といっていい。人によってはホラーと思うだろう。その他にも、叙述トリックを使った作品など、内容はバラエティに富んでいる。特定のジャンルしか読まない人でも、必ず楽しめる作品が見つかるはずだ。
大倉崇裕の『怪獣殺人捜査 高高度の死神』(二見書房)は、『怪獣殺人捜査 殲滅特区の静寂』に続く、シリーズ第二弾。近年流行りの特殊設定ミステリーだ。ただし、このシリーズの特殊設定は尋常ではない。なんと怪獣のいる世界なのである。度重なる怪獣の脅威に対抗すべく、日本は「怪獣省」を設置。発見・予報・殲滅の撃退プロセスを確立し、世界をリードしている。だが「怪獣省」が巨大な力を持ったことで、日常の生活から政治まで、歪になっている部分も多い。「怪獣省」予報班のエースとして活躍する岩戸正美は、さまざまな矛盾や問題と直面しながら、怪獣を撃退していく。しかし、怪獣の脅威と、人間の悪意が交差したとき、予想外の事件が発生。その現場に現れるのが、警視庁公安部怪獣防災法専任調査部の筆頭捜査官の船村秀治だ。正美はしぶしぶ秀治とコンビを組み、緊急事態に立ち向かうのだった。
本書には三話が収録されている。第一話「三三〇〇〇フィートの死神」は、アメリカ合衆国国務長官を乗せた航空機で殺人事件が起こる。さらにクロウウィンガーという飛行怪獣も現れた。航空機に同乗していた正美は、別の殺人事件によって空港に足止めされた秀治と連絡を取りながら、危機を脱するべく奮闘する。長年にわたり怪獣を対処してきたことで創り上げられた社会や、それぞれの怪獣の生態が面白く、物語の独自の魅力になっている。えげつない殺人事件の真相も、よく考えられていた。
第二話「赤か青か」は、ロシアから日本に向かってくる二種の怪獣のどちらかが、核を飲み込んでいる。爆弾に繋がっている二本のコードのどちらを切るかという、エンターテインメント作品でお馴染みの状況を、怪獣でやったところがユニークだ。第三話「死刑囚とモヒカン」は、七年前の放火殺人事件で死刑判決を受けた男の事件に、冤罪疑惑が持ち上がる。火事の原因が怪獣だったかもしれないのだ。権力の妨害を受けながら奔走する正美の行動と、痛快でありながら苦さを感じるラストが読みどころ。怪獣はたしかに脅威だが、本当に恐ろしいのは人間ではないのかと、シリーズを読むたびに考えてしまう。
最後は、小川哲の対談集『Street Fiction by SATOSHI OGAWA』(KADOKAWA)にしよう。小川哲がMCを務めたラジオ番組を編纂したもので、万城目学・小泉今日子・太田光・加藤シゲアキなど十二人と対談している。冒頭の万城目学は、二篇を収録した『八月の御所グラウンド』で、どちらもスポーツを扱っている理由を説明。予想外の答えで驚いた。私としてはこれだけで、本書を読んでよかったと思ってしまった。
もちろん他の人の話も傾聴すべきものがある。それを引き出す小川の技量も素晴らしい。また、小川の「主人公がベストを尽くしていないことによって話が進むのが、僕はあんまり好きじゃないんです」という発言は、作品を理解する有力な手掛かりになるだろう。いろいろな知見を得られた対談集である。