封建時代を生きる侍の矜持、絆、生死 その美しき心延えに涙する

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雫峠

『雫峠』

著者
砂原 浩太朗 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065378540
発売日
2025/01/22
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

封建時代を生きる侍の矜持、絆、生死 その美しき心延えに涙する

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 立場は違えど、己の信念を貫く男たちがここには生きている。

『高瀬庄左衛門御留書』からはじまる〈神山藩シリーズ〉に連なる本作は、六話からなる連作である。

 時の流れの中で変わっていくもの、変わってはいけないもの。また、矜持、絆、生死。それらを、美しい四季折々の自然の中に丁寧に、しかし書き過ぎることなく表現することで、登場人物の心の揺れ、感情の襞(ひだ)を、余所なく描ききる。

〈半夏生〉は、代々普請方をつとめる村山家の物語。筆頭組頭の父・孫右衛門は、泥まみれになりながらも、己のお務めに矜持を持っている。きつくても、誰かがしなくてはならないし、それが民草のためであるという覚悟を持っているのだ。母は良く理解し、二人の子供・乃絵と清吾も、言葉少なな父の、文字通り背中を見て、それぞれで理解してゆく。その成長の過程である事が出来し、細やかな想い出が忘れられないものになっていく――あぁ、胸に沁みてたまらない。

 表題作〈雫峠〉は、足軽という軽輩の加山家から、馬廻り組・矢木家百五十石へ婿養子となった栄次郎を取り巻く様々な人間模様が、ある事件を機に、思いもよらぬ展開をみせる物語。この大出世が、まわりの人間の人生を変えることになるのだ。

 実家の父の死により、歪が炙り出されていく。家督を継いだ兄。貧しいながらも倹しく、家を、家族を支えた義母。兄である自分に甘えきっていた義妹・ゆう。妻のすま。自分と同じ次男で、道場仲間の桐生新兵衛。婿入りして十年以上、「そういうものだ」と諦めてきた栄次郎に突き付けられる現実――まさかと舌を巻く。

 作者は、封建時代の奴隷である侍たちの中に、あたたかな人間性回復の回路を注ぎ込んでおり、その美しき人の心延えにいつしか涙する。

 人には心を以て応えよう――それが人としての品位に他ならない。どれも読み応えのある珠玉の短篇集だ。

新潮社 週刊新潮
2025年2月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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