『わたしの人生』
- 著者
- ダーチャ・マライーニ [著]/望月 紀子 [訳]
- 出版社
- 新潮社
- ジャンル
- 文学/外国文学、その他
- ISBN
- 9784105901974
- 発売日
- 2024/11/28
- 価格
- 2,145円(税込)
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『わたしの人生』ダーチャ・マライーニ著
[レビュアー] 宮内悠介(作家)
収容所2年 伝わる重み
「米国に従軍するか」「米国に忠誠を誓い、天皇等への忠誠を否定するか」――
第二次大戦中、この二つの問いにノーと答えた日系アメリカ人は収容所へ送られたと言われる。日系アメリカ人作家ジョン・オカダによる『ノー・ノー・ボーイ』の題の由来だ。
本書もまた、二つのノーによって幕を開ける。第二次大戦中の一九四三年、日本政府は在留イタリア人に対して、サロー共和国(イタリア社会共和国、ドイツの傀儡(かいらい)であった第二のファシスト政権)への忠誠を問うた。著者ダーチャの両親は、二人ともがこれにノーと答える。二歳で日本へやってきて、幸せな日々をすごしたというダーチャの運命はここで急転する。これにより、一家は名古屋市郊外の収容所へ送られるからだ。極度の飢えのなか、脚(かっ)気(け)や壊血病が蔓延(まんえん)し、著者は蟻(あり)を食べ、小石を舐(な)めながら食べものを想像する。警官たちは何かと理由をつけ、皆に配る米の「ゴウ」を減らす。
アイヌ研究者であった父・フォスコが取った行動にも驚かされる。彼は侮辱に抗議し、片手の指を斧(おの)で切り落としてみせるのだ(が、この行動が軍人の心を動かし、収容者一同が乳の出る山羊(やぎ)を手に入れたりもする)。
本書で描かれる体験は、長いキャリアを持つ著者が、八十年近い年月を経て、ついにみずからの言葉で著したものとなる。そしておそらくはこの年月があったからこそ、透徹したまなざしに貫かれている。収容所の生活は過酷だが、語り口は淡々としていて、日本を強く責めるわけでもない。この本は貴重な証言であると同時に、人類普遍の問題にこそ目を向けようとするような、そういう小説なのだ。
題名の『わたしの人生』はきわめてそっけないものだ(原題も同じ)。が、わずか二年ほどの出来事が著された本に、この題がつけられるということから、その二年間の持つ重みが静かに伝わってくる。望月紀子訳。(新潮クレスト・ブックス、2145円)