『苦悶する中央銀行 金融政策の意図せざる結果』ラグラム・ラジャン著

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苦悶する中央銀行

『苦悶する中央銀行』

著者
ラグラム・ラジャン [著]/北村礼子 [訳]/小林慶一郎 [解説]
出版社
慶應義塾大学出版会
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784766429909
発売日
2024/10/19
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『苦悶する中央銀行 金融政策の意図せざる結果』ラグラム・ラジャン著

[レビュアー] 櫻川昌哉(経済学者・慶応大教授)

過大な期待 揺らぐ信頼

 成功は失敗のはじまりであった。中央銀行の本来の役割は物価を安定させることである。金融危機が起きると、非伝統的な手法を用いて緩和的な政策を総動員し、経済を回復させた。その後、インフレ率自体が低下して、かつてほどインフレを心配しなくてもよくなった。そして、積極的に金融市場への介入に乗り出した。

 では、中央銀行は世間から敬意と称賛を集め、その権威は高まったのだろうか。事実は全く逆であった。中央銀行は何でもできると人々は期待するようになり、過大な要求をするようになった。景気刺激策に走る政治は国債発行の便宜をもとめて、そして市場プレーヤーは株価の釣り上げを期待して、金融緩和を催促するようになった。著名な経済学者であり、母国インドで中央銀行総裁を務めた著者が、現代の中央銀行は、人々の過大な期待に応えきれずに追い詰められていると警鐘を鳴らす。

 たしかに、量的緩和による貨幣供給、国債の大量発行のいずれもが、政策リスクを高めこそすれ、明確な効果をあげていない。むしろ積極的な金融市場への介入が、金融の不安定性を高め、中央銀行への信任を損ねている。

 では、著者の指摘のように、中央銀行は、目先のGDPを追いかけることを慎み、物価の安定という本来の役割に徹するべきなのであろうか。拡大しすぎた戦線をどこまで縮小すべきなのかは人によって意見が異なるであろう。

 この問題、少し視野を広げて考えてみよう。最近の経済は、過去とは異なり、実質金利が低くバブルが頻繁に発生している。こうした経済では、流動性(現金、債券、株式など市場性のある金融資産)の供給の余地があることもまた事実である。誰がどのように流動性を供給すべきなのか、それは政府なのか市場なのか、真面目に考え始めるべき時期に来ているようにも思える。苦(く)悶(もん)する中央銀行の着地点は果たしてどこなのだろうか。北村礼子訳。(慶応義塾大学出版会、2200円)

読売新聞
2025年2月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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