受験が生む“教育虐待”の闇…「あなたのため」と言って子供を追い詰めてしまう親の特徴とは? ノンフィクション作家の石井光太が語る(前編)
インタビュー
『教育虐待 ―子供を壊す「教育熱心」な親たち 2』
- 著者
- 石井 光太 [著]/鈴木 マサカズ [著]/ワダ ユウキ [著]
- 出版社
- 新潮社
- ジャンル
- 芸術・生活/コミックス・劇画
- ISBN
- 9784107727923
- 発売日
- 2025/02/07
- 価格
- 792円(税込)
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受験が生む“教育虐待”の闇…「あなたのため」と言って子供を追い詰めてしまう親の特徴とは? ノンフィクション作家の石井光太が語る(前編)
[文] 新潮社
我が子のためを思い、教育に熱心になる親の中には過剰な叱責や暴力を振るってしまうケースがあるといいます。
そういった環境のなかで心身を壊してしまう子供たちに焦点を当てて取材した内容を『教育虐待:子供を壊す「教育熱心」な親たち』(ハヤカワ新書)として上梓したノンフィクション作家の石井光太氏は、昨今の教育虐待の状況をどう捉えているのか?
新潮社のWEB漫画誌「コミックバンチKai」で漫画として連載され、話題を集めている同名書籍のマンガ版『教育虐待 子供を壊す「教育熱心」な親たち』の第2巻の発売に際して、石井氏に教育虐待という言葉の定義や子供を潰してしまう親の特徴などを聞いた。
(後編)【「自分が悪い」と思う子供に「そうじゃないよ」と言ってあげたい…教育虐待を取材した石井光太が語る】では、「教育虐待」をテーマにした漫画化を決意した石井氏に、制作の意図や今後の展開について伺った。
石井光太氏 撮影:坪田太(新潮社写真部)
「教育虐待」とは?
――「教育虐待」という言葉がとてもセンセーショナルです。
石井 2011年に日本子ども虐待防止学会で武田信子教授が発表したことから広まった言葉なので、言葉としては十数年前から存在していました。ただ、社会が認識するようになってきたのは最近ですね。
――教育虐待とは、どのようなものでしょうか?
石井 言葉の定義としては「子どもの受忍限度を超えて勉強させるのは教育虐待になる」ということです。一般的に虐待というと、身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、そしてネグレクト(育児放棄)の4つに分類されます。手を上げれば身体的虐待だし、学校に行かせなければネグレクトに該当する……と。だから教育虐待と言っても、行為自体を見れば、そのどれかに分類されてしまうんですよね。この枠組みで捉えている限り、教育を発端とする虐待があるということが、社会的に可視化されないんですよ。そういった意味では「教育虐待」という言葉を社会に向けて発していくことはとても大事なことだと考えています。
――石井さんが教育虐待を認識し、取材対象としたのはどのような理由からでしょうか。
石井 僕はノンフィクションの書き手として、社会の中で問題を抱えた子と接する機会が多いんです。具体的には少年院とか児童養護施設だったり、あるいは不登校だったり。そういった子たちと接していると、教育虐待を受けている子がかなり多いと感じました。子供たちの困難さや生きづらさの背景には、家庭の中での教育虐待が根深いものとしてある、というのが実感です。
――どのような点に根深さを感じていますか。
石井 教育虐待は家庭の中で行われているので、周囲の目に触れる機会がなく、問題視されにくい傾向にあります。また、傍目には教育虐待と“教育熱心”は区別がつきにくく、教育に熱心であることは社会的に“よきこと”であると捉えられがちです。このため子供の側も「親は自分のためを思ってやっている」とか「親の期待に応えられない自分が悪い」と思い込むことが多く、虐待を受けている自覚がないことが問題なんですよ。たとえ直接的な暴力を振るわれている場合であっても、です。結果、子供が心を壊し、自傷行為に及ぶことすらあるわけです。
――そこまで追い込むほど、悪い意味で“教育熱心”になって勉強を強制してしまうのはなぜでしょう?
石井 要因のひとつに受験があります。作中でも触れていますが、現在は「第三次中学受験ブーム」と呼ばれるほど、中学入試のための受験勉強が過熱しています。
――少子化なのに受験ブームなんですか?
石井 確かに子供の人数自体は減っています。そうなると受験ビジネスは生徒1人からより多くのお金を集めなければならなくなり、受験はどんどん低年齢化していきます。かつては小学校5年生から始めればよかった中学受験が、4年生でも遅い、じゃあ3年生から、いや2年生、1年生……と下がっていくわけですね。
――受験勉強に費やす期間を長期化させているわけですか。
石井 そして中学受験の大きな特徴としては、親が関与しないとできない受験である点が挙げられます。子供の意思よりも「親がやらせるかどうか」が大事なんですよ。そうなると、親を巻き込んでいくやり方になっていきます。お金を払うのは親ですし、家で勉強をやらせるのも親ですから、どうやって親を自分たちの価値観に従わせるか。子供よりも、親を洗脳することが大事なんです。その結果、小学生が夜の9時や10時まで塾で勉強していたり、塾で勉強したことをコピーしてファイリングするよう指導されているから保護者が最寄りのコンビニ前に列を作って並んだり、傍から見たら明らかに異常なことが常態化しています。にも関わらず、渦中にいる人たちは自分たちの異常性に気づかない。
――1~2巻に出てくる進学塾「智導会」は、まるでカルトのような印象を受けました。モデルがあるのでしょうか?
石井 特定のモデルというわけではないんですけど、いろいろな進学塾の悪いところを寄せ集めたような感じですね。
――実際に似たようなことが起きているわけですか。
石井 受験産業が縮小しているからこそ、過剰にならざるを得ないのが現状です。子供が多かった頃の受験ブームは「学校と生徒」の関係性において詰め込み型教育が問題視されたのに対し、現在の受験ブームは「業者と親」の関係性の中で子供が虐待被害を受ける、という構造的な違いがあるわけです。
親による教育虐待――(マンガ『教育虐待』より)
教育虐待の影響は後年にも及ぶ
――教育虐待をする親に共通点はありますか?
石井 教育虐待には大きく分けて2つの要素があり、それは「親の自己実現」と「成果主義」です。いまの親というのは、そのまた親から「いい学校に行き、いい会社に就職しなさい」と教えられて育ち、就職氷河期以降に社会に出たロストジェネレーション世代です。彼らは不況の時代に青春時代を送り、盛んに「勝ち組/負け組」とジャッジされる苦しい人生を歩んできました。いまや学歴は昔に比べて意味のないものになっているのにもかかわらず、自分がうまくいったのは学歴のおかげだと信じ、勉強を通じて自己実現を果たした成功体験を子供に押し付けます。これが「親の自己実現」ですね。もしくは、自分はうまく学歴を形成できなかったから、子供には果たさせてやろうとするリベンジ型も含まれます。
――もう1つの「成果主義」とは?
石井 点数のように目に見える結果だけを追い求めることです。もともと教育の役割は学力だけではありません。優しさ、勇気、連帯感、自発性、コミュニケーション能力など、これから20年、30年と時代が変わっても生きていけるような、総合的な人間力を養うことが本来の在り方です。学力は、あくまでその一部なんですよね。ところが結果が目に見えて分かるものは、学力とスポーツぐらいしかありません。そうなると、教育に金をかけるからには点数を上げてもらわなきゃ困る……という思考になる。この「成果主義」の風潮が学歴主義に繋がっていきます。
――「親」にフォーカスすることも、本作を読み解くうえでのキーワードとなりそうです。
石井 そうですね。教育虐待をする親は「親の自己実現」か「成果主義」、いずれかの要素を持っていますよ。
――教育虐待が子供の人格形成にマイナスに作用しているのは大きな問題点です。
石井 とくに子供の自尊感情に大きく影響を及ぼしています。自尊感情には基本的自尊感情と社会的自尊感情があるんですね。基本的自尊感情とは、他人と共有体験をすることで得られるもので、「自分には友達がいる」「自分はみんなから必要とされている」「自分が生きていていいんだ」という、生きることに対する漠然とした自己肯定感です。いわば自尊感情の土台です。
――もう一方の社会的自尊感情とは?
石井 そのコミュニティの中で価値があると認められることで得られる自尊感情を指します。例えば小学生の時にリレーの選手になるとか、中学生の時に名門高校に合格するとか。勉強して何点取った、というのも社会的自尊感情になります。
――仕事で評価されることも社会的自尊感情ですか?
石井 その通りです。しかし、社会的自尊感情は、それだけでは脆いものです。所属するコミュニティが変われば、評価されなくなるものですからね。異業種に転職したら、前職での功績は通用しません。基本的自尊感情を土台にして、その上に社会的自尊感情を積み重ねていくことで、人間の自尊感情は形成されます。にもかかわらず、土台となる基本的自尊感情を作らないうちから社会的自尊感情だけを積み上げていくとどうなるか? 学歴は備わるかもしれませんが、社会に出た時に通用しませんよね。その子たちは「誰も俺のこと分かってくれない」と感じ、ドロップアウトしてしまいます。基本的自尊感情で土台が築かれていれば、「いま通用しなくてもここが自分の居場所なんだ」「新しくスキルを磨いていこう」と考えられるようになるんですけど。
――では土台となる基本的自尊感情は、どのように育まれるのでしょうか?
石井 定義されているのは、自由な共有体験の必要性です。小学校中学年くらいまでの間に、その子がやりたいことを皆と一緒にワイワイやる。失敗しても友達が助けてくれる。あるいは自分が友達を助ける。みんなでゲラゲラ笑いながら「今日は楽しいね」と言い合える。それが“生きる”ことのベースじゃないですか。その体験を積み重ねることによって土台が作られていきます。子供が学校や遊びから帰ってきて「今日は楽しかった」と言えることが一番ですよ。塾から帰ってきて「今日は楽しかった」と言う子は、なかなかいないですよね。
――それは確かに。
石井 受験によって得られるものは、あくまで社会的自尊感情なんです。成果主義で勉強を強いる教育虐待は何も生まないと僕は思っています。
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(後編)【「自分が悪い」と思う子供に「そうじゃないよ」と言ってあげたい…教育虐待を取材した石井光太が語る】では、「教育虐待」をテーマにした書籍の漫画化を決意した石井氏に、制作の意図や今後の展開について伺った。
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著者紹介
原作:石井光太
1977年、東京都生まれ。海外の最深部に分け入り、その体験を元に『物乞う仏陀』を上梓。
斬新な視点と精密な取材、そして読み応えのある筆致でたちまち人気ノンフィクション作家に。近年はノンフィクションだけでなく、小説、児童書、写真集、漫画原作、シナリオなども発表している。主な作品に『絶対貧困』『遺体』『43回の殺意』『「鬼畜」の家』『近親殺人』『こどもホスピスの奇跡』(いずれも新潮社)『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』『教育虐待: 子供を壊す「教育熱心」な親たち』など。
【X】@kotaism
【公式サイト】石井光太 公式ホームページ
構成:鈴木マサカズ
愛知県出身。京都精華大学芸術学部卒。スピリッツ増刊21(小学館)にてデビュー。著書に『無頼侍-ぶらざむらい-』(エンターブレイン)、『ラッキーマイン』(講談社)、『ダンダリン一◯一』(原作:田島隆/講談社)、『マトリズム』(日本文芸社)など。現在、月刊コミックバンチにて『「子供を殺してください」という親たち』(原作:押川剛)、くらげバンチにて『ケーキの切れない非行少年たち』(原作:宮口幸治)を連載中。
【X】@suzukimasakazu
作画:ワダユウキ
アフタヌーン四季賞2020冬 準入選、第18回双葉社カミカゼ賞奨励作受賞、第22回新潮社バンチ漫画大賞奨励賞受賞。『西成ユートピア』(原案:國友公司『ルポ西成』/彩図社)。
【X】@wadayuki9999
インタビュー:加山竜司
漫画をはじめとするエンターテインメント系の記事を執筆。『「この世界の片隅に」こうの史代 片渕須直 対談集 さらにいくつもの映画のこと』(文藝春秋)、後藤邑子著『私は元気です 病める時も健やかなる時も腐る時もイキる時も泣いた時も病める時も。』(文藝春秋)構成。