『果てしない余生』
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『果てしない余生 ある北魏宮女とその時代』羅新著
[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)
「南北朝」といっても、後醍醐天皇や足利尊氏ではない。元祖の南北朝は、そこから九百年をさかのぼる中国の5~6世紀、北の王朝を北魏という。
久しく暗黒時代同然だったその歴史も、新たな視座による新出史料の分析で光が射してきた。本書はそんな研究の一つ、中国で近年、発掘・整理・利用のあいつぐ石刻史料を縦横に駆使し、北魏の一女官の数奇な生涯を復原、北朝政治史そのものを解明する。
遊牧民出自の北魏宮廷には、通例の中華王朝では考えられぬ「子貴母死」、つまり皇位継承者になると、生母に死を賜る風習があった。かくて母なき嗣子・天子を保護、養育したのが女官の王(おう)鍾(しょう)児(じ)である。
戦火のなか敵軍に拉致、奴婢(ぬひ)の身分に堕(お)とされて、北魏の後宮に入った。以後の「余生」は半世紀以上、その足跡が南北朝全体のマクロな形勢から北魏中枢のミクロな内情まで、暗黒時代の断面を照らし出す。
まさに事実は小説より奇なり。日本語で読める福音は、専門家にとどまらない。アジア史に対する幅広い理解が、いっそう深まるはずである。田中一輝訳。(人文書院、5500円)