『君はなぜ北極を歩かないのか』
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<書評>『君はなぜ北極を歩かないのか』荻田泰永(やすなが) 著
[レビュアー] 近藤雄生(ライター)
◆自ら悩み考え道を切り開く旅
著者の荻田泰永氏は、20年以上にわたる北極への徒歩行などの冒険で知られる「北極冒険家」だ。本書はその荻田氏が、12人の若者を連れて北極圏600キロを踏破した冒険の記録である。著者自身、かつて冒険家・大場満郎が企画した北極圏冒険行に参加したことが、現在の活動の原点にある。その経験から、いつか自分も若者を連れて北極へ、と思い続け、本書の旅の実現に至った。
若者たちと北極に行くにあたって荻田氏が重視したのは、参加者がただ自分についてくるのではなく、それぞれが主体的に「自分の旅」をすることだ。そのために、参加者を「募集しない」ことや、著者自身も参加者同様に相応の費用を負担することなど、形式にもこだわった。そうして著者は、経験や体力は問わず、ただ「行きたい」と自ら扉を叩(たた)いてきた者だけを連れて、北極へと旅立った。
本書では、約1か月にわたったその旅が、荻田氏の視点から詳細に描かれる。旅自体の経過とともに、北極を歩くために必要な知識や装備についても詳しく説明されている。たとえば、極地では雨が降らないためウエアの防水機能は不要、地形の影響を受けない海氷上では風向きで方角がわかる──といったことを知っていくほどに、氷点下数十度という北極を歩くイメージが立体的につかめてくる。
多くの人にとって未知であるそんな極限環境を、若者たちはそれぞれ重いソリを引き、苦しみつつも歩き続ける。一方著者は、この旅が彼らにとって「価値」あるものになるように、つまり、自ら悩み考えて道を切り開く経験となるように、自分がどう振舞い、若者たちに何を求めるべきかを考え続ける。その過程で「事件」も起きるが、全員が各々(おのおの)の立場で必死に葛藤しながら極地を歩き続ける姿は胸を打つ。そしてその経過を読み進めるほどに、著者からの問いがこちら側に迫ってくる。「君はなぜ北極を歩かないのか」と。
自分は、自分にとっての北極を歩けているのか──。内なる問いが読後芽生えた。
(産業編集センター・1760円)
1977年生まれ。冒険家。「冒険研究所書店」店主。著書『北極男』など。
◆もう一冊
『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』角幡唯介著(集英社文庫)