日本ではもう戦争が始まっている!? 国防の最前線で元自衛隊特殊部隊作家がマンガによって描きたかった“真実”

対談・鼎談

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邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき 2

『邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき 2』

著者
伊藤 祐靖 [著]/須本 壮一 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784107728012
発売日
2025/03/07
価格
792円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

日本ではもう戦争が始まっている!? 国防の最前線で元自衛隊特殊部隊作家がマンガによって描きたかった“真実”

[文] 加山竜司

表現とリアルの間~原作からの変更点

――リアリティにこだわる一方で、マンガというメディアではキャラクターの喜怒哀楽を読者に伝えるために誇張した描き方(カリカチュアライズ)もします。

須本 そこが難しいところですね。やっぱりマンガにはキャラクター性というものがありますから、人物の表情は大事です。そしてキャラクター性がちゃんと出てこないと、ドラマが深いところにいかないわけですよ。でも伊藤さんに言わせると、本物のプロは感情を表に出さないそうなんです。

伊藤 体も心も全部自分のものじゃないんですよね。個人の感情より優先するべきものがありますから。我々の体や心は、国家から降りてきた任務を達成するための“借り物”であって、自分の感情を出すことはしません。自分のプライベートな感情を優先して何かするってことは許されないんです。

須本 でも、全員無表情のままだとマンガは成り立ちません。セリフやモノローグを用いて心情を吐露したり、表情を変化させたりして、“感情のストーリー”を読者に伝える必要があります。そういった表現上の都合を伊藤さんも理解してくださったので、キャラクターの表情に関しては、表現とリアルの妥協点を擦り合わせていきました。

――マンガの尖閣編では、原作から変更した点もありました。とくに敵側の心情が綿密に描かれています。

須本 リアルに考えれば、敵側にも事情があるはずなんですよ。だから敵側の心理を描写することで、敵が単なる「やられ役」ではなくなるんです。……というのは理屈では分かっているんですけど、その部分を掘り下げると全体のボリュームが増すわけですよね。僕としては「これは拉致被害者を題材にした作品ですよ」と読者にアピールするためにも、早く北朝鮮編を描きたかった。だから最初はかなり敵側の心情を端折ったネームを描いていたんですよ。そうしたら担当編集者から「ここはじっくりいきましょう」と。ダメ出しをされました(笑)。

――物語の冒頭を「尖閣」にしたのは、どのような理由からでしょうか?

伊藤 魚釣島に実際に上陸したことがあるので、どんな島だったのか、まだ自分の中に記憶があるうちに形に残しておきたかったんです。須本さんの絵が上がってきた時に私の記憶と一緒だったのは本当にびっくりしました。それに尖閣諸島も日本の国防にとって大きな問題のひとつですからね。


漫画では尖閣列島・魚釣島が舞台に!!

須本 結果的にこの尖閣編は登場人物たちのキャラクター性を見せられる舞台として位置づけることもできました。また、特別警備隊が北朝鮮のためだけに訓練しているのではない部分もちゃんと感じてもらえるのであれば、いいスタートだったんじゃないかな、と。実は魚釣島で敵側を追い込んでいくマンガ版オリジナルの作戦は、伊藤さんが書き下ろしてくれました。

伊藤 自分だったらこうやるな、と。相手が何を目的に何をしようとしているかを考えるんです。それから魚釣島の地図がありますから、どこにどうやって引きずり込んで、どうやって恐怖を感じさせたうえで、逃がしてやるか。まあ、相手の一番嫌がることを考えるんですよ。

――原作では「故北朝鮮総書記の長男がマレーシアで殺害される(2017年)」のが第2章の幕開けとなりますが、マンガでは「ロシア民間軍事会社ワグネル創始者エフゲニー・プリゴジン氏の死亡」(2023年)に変更されました。この理由は?

須本 原作が出版された2020年当時だったら「故北朝鮮総書記の長男暗殺」がリアルだったと思います。しかし現在の視点では、そこを起点にすると、このドラマの着地点が「(現在よりも)過去の話」になってしまうんですね。スタート地点を現在にすることで、ドラマの着地点は「未来に起こり得ること」になり、それは「希望」になりえると考えました。それで伊藤さんに相談したところ、「プリゴジン氏死亡」の案が出てきたんです。

――現実の世界では、2024年10月に北朝鮮がロシアに軍部隊を派兵したことが発表されました。

須本 伊藤さんからの案が出てきたのは、それより前なんですよ。だから最初は、なぜウクライナ戦線が北朝鮮と関係してくるのか、見当がつきませんでした。僕としては現実が伊藤さんのシナリオに追いついてきたような感覚すらある。あれはどうしてそういうことが起きるんですか?

伊藤 私なりに今現在の情報から推測したんですけどね。ちょうど仕事でウクライナと行き来していますから、いろいろと情報が入って来ていますから。

須本 そういえばウクライナからリモートで打ち合わせしたこともありましたね。

伊藤 空爆の警報が鳴っていたから、防空壕に避難していた時ですね。戦時中に日本にあったような防空壕なんですけど、電波が安定していたから繋げたんです。

須本 現在の世界情勢とリンクしているからこそのリアリティだと思うんですよね。

(c)伊藤祐靖 須本壮一/新潮社 インタビュー・構成・文:加山竜司(漫画ライター) 写真:坪田 太(新潮社写真部)

新潮社
2025年3月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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