日本ではもう戦争が始まっている!? 国防の最前線で元自衛隊特殊部隊作家がマンガによって描きたかった“真実”

対談・鼎談

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邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき 2

『邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき 2』

著者
伊藤 祐靖 [著]/須本 壮一 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784107728012
発売日
2025/03/07
価格
792円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

日本ではもう戦争が始まっている!? 国防の最前線で元自衛隊特殊部隊作家がマンガによって描きたかった“真実”

[文] 加山竜司

特殊部隊の特殊性

――伊藤さんは1巻のあとがきに「特殊部隊の時に、KIMS(Keep in memories)GAMEという、見たものを動画として記憶する訓練をしていた」と書かれています。これは具体的にどのようなものでしょうか?

伊藤 たとえば机の上に置いてある物を今から30秒間で記憶します。そして12時間後に紙を渡し、机の上に何が置いてあったかを書き出す、といった訓練方法ですね。私が非常に有効だと思うのは、写真を撮るイメージなんですよ。目を瞑っている状態から一旦目を開け、もう一度閉じると、見ていた物の残像が残るわけです。この残像を引き出しの中に入れるような感覚ですね。この訓練をしていると、その残像が12時間後くらいに浮かんでくるようになります。これができるようになると、記憶量がまるで違ってきます。この方法で魚釣島の“映像”を記憶しました。

――それは個人の資質に依るものなのか、それとも訓練によってできるようになるものなのでしょうか。

伊藤 人間にもともと備わっている能力だと思います。交通事故の時に過去の出来事を走馬灯のように思い出すなんてこともあるじゃないですか。ただ、そうしたことを自分の好きな時にできるようにするためには少し訓練が必要かもしれません。

――漫画家も映像記憶能力が高い方が多いですが、どのように鍛えるのですか?

須本 何にしても一番重要なのは記憶力なんです。だからアシスタントには、まずそこを話しますね。アシスタントには背景を描く作業から入ってもらうのですが、そこで最初に課すのがガードレールの作画です。いざ描かせてみると、支柱が道路側にあるのか歩道側にあるのか、みんな覚えてないんですよ。普段から見ているはずなのに。それは、今までは絵を描く職業を選んでいない生き方をしていたからなんです。これから絵を描く職業になるなら、徹底的に覚えるようにしないといけない。だから伊藤さんが言ったことは合点がいくというか、その職業を選んだ時点でスイッチしなきゃいけない瞬間があるんでしょうね。

――尖閣編では主人公が「意識のセンサー」を最大感度に高めるシーンがありますが、あれも「人間にもともと備わっている能力」なのでしょうか。

伊藤 視覚や聴覚など全部使うんですけど、レーダーみたいなものがあるんですよ。私の場合は体温を感じるんですけど、「あそこに哺乳類がいるな」とかは分かります。最初に生き物を探知するのは温度ですね。

須本 空気によって伝わるものなんですか?

伊藤 壁とかなければ、明確にわかります。あとは殺意というかオーラみたいなものですね。私は魚を突くのが趣味なんですけど…、

――「釣る」ではなく「突く」ですか?

伊藤 そう、水中銃で突く。でもトリガーの引き金を引こうとすると、魚が逃ちゃいます。やっぱり何か殺気のようなものが出てるんでしょうね。だから違うことを考えながらやると、うまく突けるんですよ。

須本 伊藤さんの秘密基地で打ち合わせしていたら「2km圏内に殺意を持った人間がいたら分かるから大丈夫」って言われました。それなら安心だ、と(笑)。
 
伊藤 自然界では人間以外は殺し合いをしていますからね。殺し合いと言うと生々しいですが、捕食されないように熟睡なんかはしないわけですから。

須本 本来は自然に動物に備わっている能力なんでしょうね。

伊藤 夜間視力が例としてわかりやすいかもしれないです。もともと江戸時代は蝋燭の火だけで生活していたんだから、人間の目はもっと暗いところで物が見えるように作られているんですよ。

須本 なるほど。僕は以前、マヤ文明の末裔のラカンドン族の村に行ったことがあるんですけど、現地の子は夜中の真っ暗闇のジャングルでも全速力で鬼ごっこしてました。

伊藤 退化してしまったものを元に戻すだけの話ですからね。ただ、それだけでは相手と同条件になるだけなので、相手に負けてしまいます。そのジャングルでの鬼ごっこに勝つには、現地の子からは我々が見えなくて、我々からは現地の子が見える状況を作らなければいけない。

須本 それはどうやって?

伊藤 トレーニングするんです。人間の目は暗闇に慣れることはできても、その状態で急に目に光が入ると、網膜が焼けちゃうので虹彩が閉まるんですね。これを元に戻すのには30分かかります。我々はそこを鍛え、1分で回復できるようにするんですよ。だから暗い場所では相手と同程度の視力であっても、ライトを照らしてお互いの虹彩を一旦閉じてしまえば、圧倒的にこちらが有利になります。

須本 そういったことをマンガで表現する時には、やりすぎるとエスパーみたいになってしまうから気をつけてはいるんですけどね。でもやっぱり伊藤さんは超人ですよ。

今後の展開の注目ポイント

――マンガではいよいよ北朝鮮編に突入します。今後の展開で、読者に注目してほしいところはどこでしょうか。

須本 奇しくも今年は戦後80年になります。この平和に対して、日本はすごく自信を持っていたと思うんですよ。でも世界を見渡すと、この80年の間に戦争や地域紛争はいっぱい起きているし、急に日本が巻き込まれてシナリオは考えておかなきゃいけないのかもしれません。たとえば何らかの事情で北朝鮮の政権が揺らぎ、「拉致被害者が何処そこにいる」という情報が入ってきたら、日本が国としてどう動くのか。その時になって具体的にどのような法律が障害になり、人的な被害を出す覚悟をもってでも問題解決に向かえるのか。これまで平和を貪ってきた身としては、伊藤さんの知見はものすごく新鮮に感じられるし、それを読者のみなさんと共有したいですね。

伊藤 小説では、主人公が総理大臣に詰め寄るシーンがあります。あそこをどう描いていただけるのかな、と楽しみにしています。実はあそこが一番読んでいただきたかったところなんです。そもそも特殊部隊は非正規戦をするための部隊ですから、それはどういうことかと言うと、つまり戦線布告をしてない状態で作戦行動をするわけです。当然、自衛隊法に基づいた行動なんか取れるわけがない。「国民の生命・財産を守るため」と言いながらも、どうやったって憲法や法律で説明できないことを特殊部隊には強いることになります。ということは、政治家に高度な政治判断をしてもらって、その範疇で行動することになりますよね。それは、生命・財産よりも大事なものがある、ということなんです。そこをみなさんに疑似体験していただき、何が大事なのかを考えていただきたいですね。

――この作品で描かれる邦人奪還作戦は、現実の特別警備隊に実現可能でしょうか?

伊藤 できます。そのための準備しています。……ただし命令さえあれば、ですけどね。

須本 僕としては、これからそれをマンガで実現していくわけです。拉致被害者の家族が元気なうちに会わせてあげたいんだ、という強い気持ちをそこに込めなければいけない。最終的に、未来への希望が描ければいいですね。

 ***

<作者プロフィール>
原作:伊藤祐靖
1964(昭和39)年、東京都生れ。日本体育大学卒業後、海上自衛隊入隊(2士)。防大指導官、「たちかぜ」砲術長等を歴任。イージス艦「みょうこう」航海長時に遭遇した能登半島沖不審船事案を契機に、自衛隊初の特殊部隊である特別警備隊の創設に関わり、創隊以降6年間先任小隊長を務める。2007(平成19)年に中途退職(2佐)後、拠点を海外に移し、各国の警察、軍隊などで訓練指導を行う。著書に『国のために死ねるか』『自衛隊失格』『邦人奪還』などがある。

漫画:須本壮一
1963年(昭和38年)、神奈川県生まれ。1980年第19回『週刊少年サンデー』新人コミック大賞佳作でデビュー。代表作に北朝鮮拉致問題を扱った『奪還』『めぐみ』があり、また戦記物『夢幻の軍艦大和』では、戦艦や戦闘機のリアルな描写が話題に。百田尚樹氏原作『永遠の0』『海賊とよばれた男』のコミカライズでは作画を担当。また執筆の傍ら、子ども達の笑顔を支援する漫画家のNPO団体ビースマイルプロジェクトの代表理事も務める。現在、最新作『紫電改343』を講談社よりコミックス単行本を出版後、最終巻までの継続読者をHPにて募集中。「須本壮一オフィシャルサイト

(c)伊藤祐靖 須本壮一/新潮社 インタビュー・構成・文:加山竜司(漫画ライター) 写真:坪田 太(新潮社写真部)

新潮社
2025年3月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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