『細かいところが気になりすぎて』
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『答え合わせ(マガジンハウス新書)』
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石田明(NON STYLE)×橋本直(銀シャリ)対談/漫才ほど楽しいものはない
[文] 新潮社
NON STYLE・石田明さんと銀シャリ・橋本直さん
M−1グランプリ・チャンピオンのNON STYLE・石田明さんと銀シャリ・橋本直さん。
お笑いと漫才へのリスペクトが非常に高い二人が語ったのは、若い世代の言語感覚や一言で爆笑に導く芸人の共通点だ。
お笑いを綿密に分析した一冊『答え合わせ』を刊行した石田さんと、エッセイ本『細かいところが気になりすぎて』でツッコミ芸人としての性を綴った橋本さんの思考が垣間見えた対談をお届けする。
(前後編の前編)
(後編)【毎年M-1に出るつもりでネタ作り…ノンスタ石田と銀シャリ橋本が漫才への熱い想いを語る】では、2024年のM-1のすごかったところと、ネタに対する情熱を語った。
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橋本 こないだのM-1のこと、めっちゃ話したかったです。
石田 さっき控室でもいきなり話し出したもんな。「石田さん、あそこどう思いました?」って(笑)。
橋本 2023年のM-1では番組関連で石田さんとご一緒していたので、すぐ喋れたんですが、去年は石田さんが審査員をやられたのでその機会がなかったですし、しばらくお会いできてなかったこともあって、今日を楽しみにしていました。
石田 橋本の新刊のタイトルじゃないけど、僕も「細かいところが気になる」タイプやから、橋本と喋ってるとおもろくて。
橋本 早速本に触れてくださってありがとうございます(笑)。M-1の直後なんか特にそうですが、漫才に対して自分の意見や持論を持たれるお笑いのファンの方がここ数年でぐっと増えたなかで、石田さんの本『答え合わせ』はそんなファンの方々が言語化しきれないラストの部分をしっかり言葉にされていて。
石田 お笑いの教科書みたいなもんやって自分では思ってるかな。
橋本 一般の方からしたら「お笑いへのパスポート」をもらったみたいなもんじゃないかと。芸人や漫才についてかなり深いところまで書かれているから、僕としては「これ石田さんと飲みに行って3軒目でべろべろになった時に聞けた話やのに~」って(笑)。えげつないくらいお得な一冊ですよ。
石田 確かに読み直して自分でも「あ、俺酔うてるな」って思った箇所はあるわ(笑)。でも正直なところを言えば、パスポートっていうよりも「いったんちょっと線をひかせてもらいますね」って気持ちで書いたかもしれない。芸人でない人によるお笑いへの色んな意見――たとえば「漫才か漫才じゃないか論争」とか、その論争自体そもそも違うやろって思っているから。
橋本 マヂカルラブリー優勝後の論争。
石田 そうそう。言い方変えれば、ふだん料理屋で出された料理に「これは料理か料理ではないか」とはならないでしょう、と。料理屋で料理人さんが作ったものなら料理やん。だから「皆さんの意見はわかりました。でもその先にある芸人さんたちのもっと深い考えはこうなんですよ」って、一般の方が壊してきた垣根のもう一歩先に芸人として別の壁を作ったみたいな感じかな。
橋本 なるほど。補足をしつつ、漫才師によるディフェンス本でもあるんですね。僕としては、語りに熱を帯びてくると「僕にはお笑いの才能がないから」ってちょいちょい書かれているのも印象的でした。
石田 やっぱり、その自覚があるから頑張れたっていう認識が自分の中では強くて、元はただのお笑いオタクやからね。
橋本 お笑いが好きすぎてメモを取りながら舞台を見ていた石田少年……。ほんま、石田さんにしか書けない本だと思います。それにしても、僕が素人のときにこの本に出会いたかった。お笑いが大好きで、学生時代テレビやビデオで見るだけじゃ飽き足らず図書館でお笑いの本を借りて読み漁っていたんですけど、石田さんの本ほど深いところまでは書いてなかったですもん。お笑いを目指している養成所の子にはたまらんやろなぁ。
石田 そやね。お笑いに限らず、色んなジャンルの人に何かしらのヒントになればええなと思ってる。
NON STYLE・石田明さん
「めっちゃボブ」って悪口?
石田 『答え合わせ』が“教科書”なら、橋本の『細かいところが気になりすぎて』はエッセイやけどハウツー本やよね。世の中に対しての「引っ掛かり」が詰まっているから、特にツッコミの人にとってヒントがいっぱいつまってる。
橋本 嬉しいっすね。石田さんの本に「短距離走のゴールの瞬間、中継番組でスローモーションにする意味がわからへん」ってありましたけど、めっちゃわかる!ってなりました。
石田 0.1秒縮めるために頑張って、風になりたくて走ってるのになんで最後だけスローやねんってな。
橋本 別にええやんって言われたらそれまでの話ですが、僕もそういうふとした瞬間に抱くちょっとした違和感みたいなものを、漫才ではなく文章っていうツールに落とし込んで表現してみたのがこの一冊なんです。だから石田さん版『細かいところが気になりすぎて』をぜひ書いていただきたい。
石田 いやいや、僕の場合は「おもろい人には意見がある」って気がついて以来、意識して意見を持つようにしているだけやから。橋本みたいな“ネイティブで意見持ち”の人にはほんまに憧れる。そこまで持つなってくらい持っていて、言葉選びも面白いし無限でツッコミのコンボが決まっていくし。
橋本 一番近い先輩にそんなふうに言っていただけて……照れます。
石田 文章のリズムもいいから、音でも聴きたくなった。橋本の言い回しで聞いたらますますおもろいやろな。
橋本 この本を読むだけのラジオでもしようかな。朗読会とか。
石田 やってほしいわ、めっちゃうるさそうやけど(笑)。引っ掛かることは昔より増えてるの?
橋本 増えてます。年とったらもっと気にならなくなるかと思いきや全然そんなことなくて。ほんましんどいです。
石田 僕も最近引っ掛かった出来事があってんけど、街で待ち合わせしている若い女性がいて、しばらくして待ち合わせ相手が来たらその女性を見るなり「えーめっちゃボブ! めっちゃボブやねんけど!」って言うて。これって悪口?
橋本 確かに「めっちゃいいやん」ではないから(笑)。
石田 いじっているように見えたのに、言われた方も「わたし、めっちゃボブ!?」って爆笑して、二人でめちゃめちゃご機嫌に去っていった。
橋本 めっちゃボブってあまりにもボブ、「This is ボブ」であり「正規品のボブのやりすぎ」であり……。
石田 気になってるな(笑)。
橋本 いじられているかもしれないけど、「めっちゃボブ!?」って返しはディフェンス力も高い気がします。それに僕らがおじさんだからわからないだけで、めっちゃ褒めてるのかもしれない。
石田 そうやねん、そうも考えられるねん。
橋本 「めっちゃボブにしてるけどめっちゃええやん」をはしょって「めっちゃボブ!」になったとか。あとはその人の言い方で「良いね!」って気持ちがちゃんと伝わっているとか……。どっちにしても彼女らと自分とでは言語感覚に大きな差を感じますね。
銀シャリ・橋本直さん
エースと津田の共通点
石田 年寄りじみてるかもやけど、「めっちゃボブ!」しかり、いま特に若い世代って言語が退化していっているように感じない?
橋本 (本を指して)「これめっちゃカワイイ!」って言いかねない。
石田 そうそう。焼肉屋でシマチョウ見て「カワイイ!」って言ってた子もおったな。牛の内臓に対して「カワイイ!」ってどんな感情やねん。
橋本 「牛の内臓がこんなに綺麗に洗浄されて人が食べられる状態にしてくれてカワイイ!」ってことですかね?
石田 はしょりすぎやろ! はしょりすぎてゴールがワケわからん(笑)。多分、言葉を減らして感情だけでラリーしてるんやろうな。
橋本 選ぶ面倒臭さをはしょっていますよね。選ぶのって大変だから。それに、「あの頃を思い出す」「懐かしい」「青かった」とか「エモい」感情ってたくさんあるのに全部「エモい」で済ませちゃうのは、より多くの人をカバーしてわかりやすく共感を得たいからなんやろうなって思います。選ぶことで人と違うテンションになることを恐れているというか……。
石田 分母を大きくするためにね。言葉の話でいえば吉本の養成所で授業するとき、言葉って所詮「器」でしかなくて、大事なのはその言葉にどんな感情を入れるかだっていう話をよくしている。
橋本 そうですね。年取るとますますそっちの方が漫才において大事になってきたって実感があります。
石田 でも最近はオリジナリティのあるツッコミに憧れるからか、若手の子は言葉に頼りすぎる傾向にあるなぁとも感じていて。言葉という「器」に入れる、言葉にのせる感情が減ってしまっているなって思う。
橋本 そもそも言葉に感情をのせるってこと自体がほんま難しいですよね。師匠方のように人間そのものの魅力に溢れているパンクロッカーみたいな人にはなかなかなれへんし……。人間力というか、いくら言葉をこねくり回してもバッテリィズのエースが去年のM-1で放った「ぜんぶ聞き取れたのに!」には敵わない。
石田 ほんまに。エースしかり、ダイアンの津田しかり。津田って相方の西澤のボケに対して慌てたり困ったりはするけど、なかなかツッコまない。
橋本 確かにそうですね。しかも西澤さんが淡々としているから余計に、言い返したいけど言葉が出てこなくて返せない津田さんの困り具合が引き立ちます。
石田 そう。それで困り果てた挙句、最後に「なんでそう言われなあかんねん!」ってバーンっと放つ一言で爆笑をとる。ネタ中の津田の感情がずっと繋がった状態でその一言にのってくるから、言葉を削りに削っても平気なんよね。すごいよね。
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【もっと読む】(後編)【毎年M-1に出るつもりでネタ作り…ノンスタ石田と銀シャリ橋本が漫才への熱い想いを語る】では、2024年のM-1のすごかったところと、ネタに対する情熱を語った。
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石田明(いしだ・あきら)
お笑いコンビ「NON STYLE」のボケ、ネタ作り担当。1980年2月20日生まれ。大阪府大阪市出身。中学時代に出会った井上裕介と2000年5月にコンビ結成。2008年「M-1グランプリ2008」優勝など、数々のタイトルを獲得。2012年、2013年、2年連続で「THE MANZAI」決勝進出。「M-1グランプリ2015」「M-1グランプリ2024」では決勝の審査員を務めた。2021年から、NSC(吉本総合芸能学院)の講師を務め、年間1200人以上に授業を行っている。ゲストの芸人とともにお酒を飲みながら漫才論や芸人論などを語るYouTubeチャンネル「NON STYLE石田明のよい~んチャンネル」も人気。
橋本直(はしもと・なお)
1980年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学経済学部を卒業後、2005年に鰻和弘とお笑いコンビ「銀シャリ」を結成し、2016年に「M-1グランプリ」で優勝。現在はテレビやラジオ、劇場を中心に活躍し、幅広い世代から人気を得ている。『細かいところが気になりすぎて』は初めての著作になる。