『パウル・クレー作品集 詩と絵画の庭』
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『パウル・クレー作品集 詩と絵画の庭』黒田和士著
[レビュアー] 奈倉有里(ロシア文学研究者)
これは瞬間を捉えた絵だ、と息をのむ。
パウル・クレーらしい青を基調とした格子状の色彩のなかで、人のような格好をした「蛾(が)」が「踊って」いる。
だがよく見ると胸には矢のようなものが刺さっており、その「踊り」はいまにも生命の途絶えそうな瞬間の震えのようでもある。髪や体から伸びた矢印が下方向の左右にひろがり、やじろべえのような脆(もろ)いバランスを保つ。
機械と有機体、線画と色彩、反復的な構造とそこからの逸脱。クレーの絵はいつも完全な抽象ではないのに、極めて抽象的な感覚を呼び起こし、彼が終生大切にしていた童心の戯れへと誘(いざな)う。
本書は二〇世紀のスイスの画家クレーの多様な作品を六章に分類している。鮮明な印刷でクレーの世界がまたひとつ手元に届いた。(東京美術、3740円)