『雫』
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『雫』寺地はるな著
[レビュアー] 長田育恵(劇作家・脚本家)
宝石が繋ぐ 4人の物語
私には母から受け継いだ指輪がある。祖父の海外出張のお土産の石を仕立てたというそれは高度経済成長期を彷彿(ほうふつ)とさせ、大仰(おおぎょう)で出番がない。そうして子供がいない私はふと思う。いつか誰かに、きっと私も指輪を渡すのだろうと。
本作の主人公はリフォームジュエリーのデザイナー。数十年前の婚約指輪や形見を新たなジュエリーに生まれ変わらせる仕事だ。一つ一つのジュエリーに込められた想(おも)いを汲(く)み上げて、現在の願いに添うデザインに昇華させていく。そんな彼女と、中学から緩やかに繋(つな)がりあう同級生たち三人の物語が、2025年から5年ごとに遡る連作短編の形式で綴(つづ)られていく。
表象というのは面白い。一見すると「形」に過ぎないが、そこに意味を読み取れると情報量が跳ね上がる。ジュエリーに見られる馬(ば)蹄(てい)型や雫(しずく)型などのモチーフも願いを象徴したものだ。各話に登場するジュエリーを横糸とすれば、本作にはもう一つ、オリジナルのハンドサインという表象が縦糸となっている。最後まで読み終え冒頭話に戻ると――さりげなく送られたハンドサインにある重要なメッセージが込められていたことに震えてしまう。言葉ではなく、形に込められた意味や祈りの普遍性。送り手と受け取り手、双方の絆なくしては成立しない。ささやかだけれどまぎれもなく、ああ、彼女たちの生涯ただ一度の場面に立ち会っていたのだと、心の奥底まで温かさで満たされる。
1995年まで紐(ひも)解かれる四人の軌跡は、私たちの日常も照らしている。嫌われるのを恐れて本当の自分を隠す性格やパワハラ案件なのに自分に落ち度を見(み)出(いだ)してしまうなど登場人物たちは等身大だ。進学・就職・結婚・パートナーの性別など、四者それぞれの歩みと選択が、世間の固定観念を越えて、まっすぐに己の問いと向き合う姿の美しさを教えてくれる。
雫モチーフの意味は「永遠」。変容を重ねながら時を紡ぐ、人間の営みが愛(いと)おしくなる。(NHK出版、1870円)