『〈自由市場〉の世界史 キケロからフリードマンまで』ジェイコブ・ソール著

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〈自由市場〉の世界史

『〈自由市場〉の世界史』

著者
ジェイコブ・ソール [著]/北村京子 [訳]
出版社
作品社
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784867930632
発売日
2024/12/06
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『〈自由市場〉の世界史 キケロからフリードマンまで』ジェイコブ・ソール著

[レビュアー] 櫻川昌哉(経済学者・慶応大教授)

倫理や道徳 定着の歩み

 ソーシャルメディアの発達が生み出した情報の自由市場は民主主義を追い詰めている。それでも自由市場への信仰には揺るぎないものがあり、市場を規制する方向には社会は動かない。

 仮に各人は自分の利益しか考えていなかったとしても、自由な市場は、「見えざる手」の働きによって、社会的なパイ(利益や幸福度)を最大化させる。本書は、自由市場を支持するこの見解が、歴史的にどのような経緯を経て、社会に定着してきたのかを論じる。このテーマは極めて興味深い。市場の調整メカニズムは誰にも“見えない”からである。

 アダム・スミスは、自由市場の価値を論じた先駆者として語られてきたが、実は保守的な人物でもあった。自由な市場が機能するためには、人間の理性にもとづく道徳心を必要とし、教養のある地主階級を中心とした農業社会を望ましいと考えていた。目先の利益に抜け目ない企業家や商人の姿勢には批判的であり、産業革命によって花開いた工業社会への流れを見通してはいなかった。

 19世紀、自由市場の思想は、自由貿易の賛否をめぐって挑戦を受ける。リカードは、自由貿易の利益は貿易国の双方に生じると論じた。しかし、その利益は世界の工場となった英国には及んでも工業製品の輸入国には及ばなかった。ドイツ、米国、日本など後発国は産業政策と保護貿易で対抗し、その後、英国の経済を凌(りょう)駕(が)する。国際貿易の歴史をみる限り、自由市場が必ずしも勝利したわけではない。

 20世紀になると、自由市場の思想は、自由主義や民主主義の政治思想と結びつく。フリードマンやハイエクは国家による抑圧からの自由を強調し、規制のない市場の重要性を提唱した。政治的自由と市場の自由は相性が良かったのである。実のところ、自由市場を支持してきた識者たちは、経済的利益のみを熱く語ったわけではなく、倫理や道徳、自由の価値を唱えてきた。どうもそこに勝因があったように思える。自由市場の成果ともいうべき経済のグローバル化の帰結はどうなるであろうか。北村京子訳。(作品社、2970円)

読売新聞
2025年2月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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