『世界は私たちのために作られていない』
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『世界は私たちのために作られていない』ピート・ワームビー著
[レビュアー] 宮内悠介(作家)
ASD当事者の説明書
箱も説明書もない昔のゲームを買ってみたとする。電源を入れる。操作が全然わからず、よくわからないまま理不尽にゲームオーバーを迎える。もしかすると、あなたは“クソゲー”の判断を下すかもしれない。でも新品で買って説明書を手にしていた人にとっては、思い出深い楽しいゲームであったかもしれない。
これがゲームの話なら別にいい。残念ながらそうではない。著者がゲームにたとえて伝えようとしているのは、ASD(自閉スペクトラム症)の人から見た世界であるからだ。
いわく――「ASDでない人たちは、生まれた瞬間に『人付き合い』というゲームのルールやガイド、ヒントやコツがぎっしり詰まった便利な説明書みたいなものを自動的に与えられているように見える。一方で、私たちASD者は何も与えられず、一切の援助もなしに『ルール』の全貌(ぜんぼう)を把握するように放置される」
ASDの実際はよく知られていない。より正確には――著者によると――多様性への理解が深まり、さまざまな啓発運動があるものの、それと同時に誤ったイメージが広まってもいる。たとえば映画の『レインマン』だけを見てASDを理解したとは言えない。ASDの症状は千差万別で、一概にこうとは語りにくいからだ。
そこで、当事者であり、何百人もの当事者にも聴取したという著者が、自分たちにとって世界はどういうものなのか、自分たちはどういう存在なのか、説明を試みたのがこの本だ。つまりは、ASDではない定型発達者に向けて書かれた説明書ということになる。
各章のテーマは人間関係や友人関係、学校や職場の問題など。軽妙な筆致でありながら、マスキング(定型発達者を装うこと)といった諸概念についてもしっかり触れられる。こうした入口となるような本を通じて理解が進み、ステレオタイプなASD像が変わっていくことを著者とともに願う。堀越英美訳。(東洋館出版社、2475円)