『カメオ』
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【聞きたい。】松永K三蔵さん 『カメオ』
[レビュアー] 産経新聞社
キャプション
■「オモロイ純文」SNSに対抗
「オモロイ純文運動」と書かれたTシャツに帽子姿で取材場所に現れた。この姿で昨年7月、芥川賞の受賞会見に臨んで以来、トレードマークだ。同賞受賞作『バリ山行』と刊行は前後したが、デビュー作の本書が提唱するオモロイ純文運動の原点だ。
「僕が書くだけの運動なんで、まだ広まってないけど(笑)。SNSやスマートフォンのゲーム、動画はオモロイからみんな夢中になる。でも小説もオモロイよ、と伝えたい。純文学は難しいと思われがちだが、ハードルを下げてオモロイものを届けたい」
主人公は倉庫会社勤務の高見。倉庫建築現場に何かとクレームをつける隣地所有者で独居の貫井亀夫が急死し、高見は亀夫が飼っていた犬を住民から押し付けられる。「カメオ」と名付けた犬は闘犬種とみられ筋肉隆々に成長。カメオの四肢は躍動を求めている、と高見は野に放そうとする。でも遺棄は犯罪、腹を空かせて子供を襲わないか。葛藤する心理描写はオモロイ。
小説を書き始めたのは14歳のとき。母親のすすめでドストエフスキーの『罪と罰』を読み、「世界の認識が変わった」。高3で母親を亡くし墓前で作家になることを誓う。「それがあったからずっと生きてこれた、小説で」。会社勤めをしながら書き続け、デビューしたのは41歳だった。
本書や『バリ山行』の主人公は、いずれも組織の方針に翻弄されるサラリーマンだ。「おかしいなと思っても、みんな生活があり、家族がいるので会社に言いたいことが言えない」。次作以降も不条理や理不尽に直面するサラリーマンを巡る純文学で「言い訳も抗弁も許されない。ぐっと黙る。働く人の言葉なき声を書いていきたい」という。
4つの職場での勤務経験と、作家の坂口安吾や仏哲学者のシモーヌ・ベイユの不条理に向き合う姿勢への共鳴が背景にある。「生きることは不条理と向き合うこと。自分の人生との地続きで読んでほしい」。2月末で会社を辞め、専業作家として新たなスタートを切った。「オモロイ純文でSNSやゲームに対抗します」。力強く宣言した。(講談社・1650円)
斎藤浩
【プロフィル】松永K三蔵
まつなが・けー・さんぞう 作家。昭和55年生まれ。茨城県出身、兵庫県在住。関西学院大卒。令和3年、「カメオ」で群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。昨年、第2作『バリ山行』で芥川賞を受賞。