『いまの日本が心配だ』
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『いまの日本が心配だ』李相哲著 夢の国へ愛ある苦言
[レビュアー] 産経新聞社
38年前の9月、日中航路の貨客船「鑑真号」から一人の青年が大阪に降り立った。知人からの招待状と日記、数枚ほどの写真、わずかな現金だけを持って。
中国の朝鮮族出身の青年は共産党機関紙記者だった。安定を捨て、戻らない覚悟で来日したのは、当時も今も中国にはない、自由を求めたからだ。映画などを通じて知った豊かで自由な日本は青年にとって「夢の国」だった。
青年は本紙「正論」メンバーの李相哲龍谷大教授。本書では自身の半生をたどりながら、「夢の国」だった日本が、かつての輝きを失い、経済力や競争力を沈下させていった背景に迫る。
著者によると、日本の「失敗」は絶頂期だった1980年代後半から始まっていた。テレビ技術業界の記者を一時務めた著者は、日本がアナログ技術を追求するあまり、デジタル化への移行が遅れ、世界の標準から取り残されてゆくさまを目にした。そして、デジタル化の遅れはテレビ業界にとどまらず、日本社会全体に及んだと指摘する。
デジタル空間で日本は、世界標準のプラットフォームを作ることができなかった。その結果、クラウドサービスなどデジタル技術を提供する海外の巨大IT企業に日本は毎年、多額の使用料を支払っている。
イノベーションを生み出せなくなった背景には、起業への投資環境の貧弱さ、教育や政治など硬直したシステムに要因があるとみる。政治の世界では、事実上世襲の国会議員が相当な割合を占め「家業」となっている。新規参入が難しく、実力より威光が重視されてきたせいか、国際政治の苛烈さに鈍感な「甘っちょろい『善人』政治家」が要職を占めてきたと喝破する。
かつての「夢の国」への指摘は耳に痛いが、外国人として、帰化した日本人として社会を見続けてきた著者だから得た視点である。読後には、著者の日本への愛が、本書の底流にとうとうと流れていることに気づくだろう。(青志社・1650円)
評・長戸雅子(論説副委員長)