『かぶきもん』
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『まず良識をみじん切りにします』
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[本の森 仕事・人生]米原信『かぶきもん』/浅倉秋成『まず良識をみじん切りにします』
[レビュアー] 吉田大助(ライター)
現役東大生作家・米原信のデビュー作『かぶきもん』(文藝春秋)は、文化文政時代の江戸の歌舞伎に材を採った連作集だ。「実はかくかくしかじかでな、また『菅原』をやりたいんや」「かくかくしかじかじゃわからねえぞ」といった、ケレン味のある会話は賑やかで軽やか。とはいえ、全六編の中心にいる稀代の狂言作者・四代目鶴屋南北は、常に頭を抱えている。強烈なライバル関係を結ぶ、創意工夫の芝居の天才・三代目尾上菊五郎と「型」を守る芝居の天才・七代目市川團十郎。カネを出すだけではなく口も出す、江戸三座の金主・大久保今助。そして、心変わりの激しいお江戸の観客たち。芝居を書くうえで考慮すべき変数があまりにも多様であり、無理難題が目白押しだ。
しかし、無理難題があったからこそ、南北は後世に残る進取的な舞台を作り上げることができた。「冬」の忠臣蔵と「夏」の四谷怪談を同時上演せよというタスクに挑む第四編「連理松四谷怪談」、不入りで打ち切り間違いなしの傑作を書けという異常事態が勃発する第五編「盟信が大切」(第一〇二回オール讀物新人賞受賞作)……。無理難題は、創作の糧なのだ。
端正な本格ミステリーの書き手としても知られる浅倉秋成の『まず良識をみじん切りにします』(光文社)は、独特極まりない「奇妙な味」の短編集だ。特に、冒頭の一編「そうだ、デスゲームを作ろう」が素晴らしい。会社員の花籠が、長野の山中にぽつんと建つコテージの購入を決める場面から物語は始まる。三つの部屋が、一直線上に並んでいる点が理想的だった。第一ステージをクリアできれば、その奥の部屋に用意された第二ステージ、第三ステージへ。花籠はここで、デスゲームを開くつもりだった。取引先の担当者であり、執拗な嫌がらせを続ける佐久保亨に復讐するためだ。
休日になると東京から長野へと足繁く通い、コテージをデスゲーム仕様に改造すべく、ど素人がDIYに精を出す。白のカッティングシートを一カ月かけて貼り終えた場面に登場する、〈花籠は人生でも指折りの達成感の中にあった〉という一文のバカバカしさはどうだろう。〈つまらない言い方をしてしまうなら、木目の部屋が白い部屋へと変貌しただけ。それでも窓のない真っ白な空間というのは、それだけで完成された一種の芸術であった。(中略)今にも、始まりそうじゃないか。デスゲームが〉。仕事によって生じた人生の不全感は、趣味への没頭によって晴らせばいい――そんな安らかなメッセージは速攻でキャンセルされ、ロジックが高速で逆回転を始める展開が、奇想の極みだ。その先で、想像だにしなかった風景が花籠の眼前に突き付けられる。舞台はナマモノであり、魔物が棲んでいる。その真理を、まさかこの物語によっても痛感させられるとは思いもよらなかった。