<書評>『遊びと利他』北村匡平(きょうへい) 著

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遊びと利他

『遊びと利他』

著者
北村 匡平 [著]
出版社
集英社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784087213393
発売日
2024/11/15
価格
1,265円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『遊びと利他』北村匡平(きょうへい) 著

[レビュアー] 若松英輔(批評家)

◆人が「場」とつながる契機

 「遊びと利他」という書名に違和感を覚える人がいるかもしれない。確かにこの二つの言葉を架橋する世界観をまだ、私たちは持ち合わせていない。しかし、そこに本書の独創性と革新性がある。

 ここでの「遊び」とは単に楽しむことを意味しない。それは「学ぶ」ことであり、また、自分を生きることでもある。人はそれを真の意味における「遊び」のなかで会得していくと作者は考えている。

 利他はもともと仏教の言葉で、「利益(りやく)」を他にもたらすことを指す。ただ、仏教では利他はしばしば自利利他といわれ、自己の救いと他者への救いが同時に生起することが強調される。作者も指摘するように一方的な利他は、世にいう「ありがた迷惑」に陥ることも少なくない。

 作者は「利他」の語源を丁寧に顧みながら、大胆な問いを提起する。利他は人と人の間でだけ生起するのか。

 この問いは重要である。世界は人と人の関係でのみ出来上がっているわけではない。時、空間、物、人、そしてそれらを包み込む「場」のなかで私たちは生きている。作者にとって「遊び」とは、人が「場」と新しくつながり直す契機にほかならない。そこに利他という出来事が生まれるのである。

 真剣に「遊ぶ」姿は、ともにいる人を幸せにする。作者はこの素朴な事実に着目する。逆の状況を考えてみれば、このことの重みはよく分かる。冷めた空気が流れれば、人が「場」とつながり得るものも一瞬にして冷めてしまう。

 遊び場に着目し、遊具の意味を論じ、作者は幼稚園の創案者フレーベルやシュタイナーといった近代の教育改革者たちの営みにも注目する。こうした先人たち、そして作者の確信となったのは、学びのなかで探究すべきものは、概念のなかに存在するのではなく、いつも生きた行為に伏在するということだった。

 利他はしばしば営まれている。しかし、それを論じるのに忙しい現代人は、それを見出(みいだ)すのが困難になっている、というのである。

(集英社新書・1265円)

1982年生まれ。映画研究者・批評家。『椎名林檎論 乱調の音楽』など。

◆もう1冊

『子どもの教育 シュタイナー・コレクション1』R・シュタイナー著、高橋巖訳(筑摩書房)

中日新聞 東京新聞
2025年3月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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