『一〇の国旗の下で 満洲に生きたラトヴィア人』
- 著者
- エドガルス・カッタイス [著]/黒沢 歩 [訳]/沼野 充義 [解説]
- 出版社
- 作品社
- ジャンル
- 歴史・地理/歴史総記
- ISBN
- 9784867930571
- 発売日
- 2024/12/06
- 価格
- 3,190円(税込)
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<書評>『一〇の国旗の下で 満洲に生きたラトヴィア人』エドガルス・カッタイス 著
[レビュアー] 鈴木貞美(国際日本文化研究センター名誉教授)
◆多民族の互助と葛藤を活写
第2次世界大戦後、バルト3国の一つ、ラトビアで日本と中国の文芸文化の紹介に活躍した著者は、満洲(現中国東北部)に生まれ育った。文字通り「一〇の国旗の下で」過ごした前半生を回想したのが本書だ。
1904年、勃発した日露戦争は、帝政ロシア支配下のラトビアから1人の機関士を満洲に呼び寄せた。ロシアが敷設した東清鉄道沿線の小さな村で23年、著者は機関士の息子として生まれた。3年後、父はハルビンに転勤。空に揺れていた中華民国旗は、やがて蔣介石国民党政府の旗に代わった。31年9月、著者はアメリカ国旗の立つYMCAギムナジウムの門をくぐった。ロシア正教の学校で、祝祭日には帝政ロシアの三色旗がはためいた。在留ロシア人と中国人子弟が大半、ユダヤ人やポーランド系などの生徒もいた。同じ9月、日本の関東軍が満洲事変を画策。翌年にはハルビンの空に日の丸と満洲国旗が翻った。
本書には、様々(さまざま)な民族が出入りしたハルビンの日常についての、興味深い記述がいくつもある。著者は在留ロシア人らのための国立北満学院商学部に進んだが、軍事教練の隊列行進の際、ソ連生まれの流行歌「カチューシャ」を、それと意識せずによく歌ったという。45年8月、ソ連軍が満洲に攻め寄せ、日本は降伏する。翌年に蔣介石の方針で一帯が停電になるなど混乱したことが記されるが、こうした日本敗戦後のハルビンについては、日本人の研究者にはほとんど知られていない。
中華人民共和国建国後はハルビン工業大学で学部長を歴任。そして冷戦下、まだ見ぬソ連邦ラトビアに義母と旅立つ。
著者は満洲を「二度と繰り返されることのない地球のすばらしい一郭(いっかく)」と呼ぶ。その「民族のるつぼ」のなか、とりわけ残留者をめぐる互助と葛藤の交錯をこれほど知的かつユーモラスに活写した回想はない。
どれほど乱気流が吹き荒れようと、多民族共生にかける著者の想(おも)いは生涯、途絶えることはなかった。
(黒沢歩(あゆみ)訳、作品社・3190円)
1923~2019年。ラトビアの日本・中国専門家、通訳翻訳者。
◆もう1冊
『ハルビンの詩(うた)が聞こえる』加藤淑子著、加藤登紀子編(藤原書店、品切れ)