『物理学者の心』
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読んだら推さずにいられない!! 担当編集×エージェントが語る『物理学者の心』の不思議な魅力
[文] 祥伝社
新人作家による、恋愛小説。
名のある賞を受賞したわけでもなければ、地盤の強いジャンル小説でもない。それでも発売前から全国書店員さんの絶賛の声が集まった、『物理学者の心』。
この作品のなにが関係者をここまで動かしたのか?
立ち上げから関わってきた担当編集と、著者であるマーニーを支え続けたエージェント・村上達朗から作品を引き継いだ新担当がその魅力に迫ります。
見たこともない恋愛小説!?
ボイルドエッグズ・森(以下、森) 本当に思い出深い作品になりました。この制作期間を忘れないと思います。
祥伝社担当編集・南部(以下、南部) いろいろありました。2023年にマーニーさんにお会いしてから二年弱。ようやく刊行できて感慨深いです。森さんは途中からこの作品を引き継いだんですよね。
森 2021年のデビュー時からマーニーに伴走していた父の村上達朗が病に倒れ、会社そして作品を突然パスされました。病床の村上から「見たこともないような恋愛小説だ」といわれ、最初は半信半疑だったんですよ。ですが最後まで読んで「たしかにこれは」と。
南部 私も村上さんから売り込みのときに「ちょっとユニークな恋愛小説です」と紹介されたんです。まず面白いのが、私はこれを読んでも自分が恋愛したい気持ちにまったくならなかったんですよね。恋愛ものってそういう夢想を楽しむ一面もあるじゃないですか。『物理学者の心』には一切それがない。なのに、なぜか心を動かされるんです。
森 わかります。胸キュンとかではないけれど、この小説は「恋愛は一人ではなく二人でするもの」ということを体現している。どう考えてもむずかしい状況下で彼らなりのかたちを作り上げていく姿がうつくしいなと思います。
厄介ヒーロー松崎仁の魅力
南部 この作品の肝は、天才物理学者のヒーロー松崎仁ですよね。彼は本当に独特です。理系の学者が変わりものという設定は珍しくないし、その一人として定番のおかしさはあるけれどなにかが違う。
森 「アヴェ・マリアを弾いてください。僕への挽歌として」こんな台詞が出てくる男性、そうそういないですよね。あと卑屈で自殺願望まで抱えているけどいいやつ。特徴的すぎるがゆえにだんだん実在する人間のように思えてきます。
南部 マーニーさん、松崎に恋してますよね!? 解像度が高すぎます。装画を担当された長崎訓子さんも、「マーニーさんって松崎のことが本当に好きなんですね」とおっしゃっていて、物語から滲み出ているものがあるんだなあと、なんだか嬉しかったです。
森 読み終えたときには心に松崎が棲みついていました。たとえばこれを読んだあとでどこか様子のおかしい男性と知り合ったら「この人は松崎系かな」と思うだろうし、その人のことが気になってしまうようなら「自分は尚美系かも?」と疑うと思います。
南部 二人の関係も「えーーーー!?」の連続ですよね。最初は車2台のドライブデート、という設定にびっくりしていたのが終盤にいくにつれだんだん普通に思えてくる不思議さ。
森 終盤になると、逆に3メートル以内に近づいてしまったらどうしようという、謎の不安に陥ります。
南部 私は近づいてほしい派でした。派閥がわかれそうですね。ラストどうなるかはお楽しみに、ですね。
怒涛の校正の果てに
南部 今でも「あれは正しかったのだろうか」と悩んでいることがあるんですよ。
森 なんでしょう!?
南部 今回、校正でだいぶ手を入れましたよね。実はこれまでマーニーさんが大事にしてきた「アメリカ人女性が書いた日本語文章」という味わいを損なわないか心配でした。
※マーニーはミネソタ在住のアメリカ人。
森 私も同じところで迷いました。ただこの話は著者のバックグラウンドや、独特の文体を差し引いても充分に面白かったんですよね。むしろ要素を盛りすぎることで、物語そのものがぼやけてしまうのを避けなければいけないと思いました。
南部 同じ思いで校正を入れていました。あとはマーニーさん独自のユーモアのセンスは、どれだけエンピツを入れてもぜったい消えないんじゃないかと思えたんです。
森 この作品を通し、マーニーさんも自身の日本語に進化を感じたといっていました。たしかに直近で書いてもらったエッセイの表現は目をみはるものがありました(後日公開予定)それこそひとえに怒涛の校正のおかげです。
ペンネームを変えて挑んだ勝負作
南部 今回ペンネームをフルネームの「マーニー・ジョレンビー」から「マーニー」に変えたことも大きな決断でしたね。
森 『物理学者の心 マーニー』
なんとしてもこの組み合わせで売り出したいと村上は思っていたようです。マーニーさん自身も、自分のプロフィール関係なく物語を見てほしいという思いがありました。あとはもう一つ実務的な理由が……。
南部 「海外文学の棚に配置されてしまう問題」ですね!?
森 そうなんです……! マーニーさんの作品は最初から日本語で書かれた日本文学なのですが、これまでペンネームの紛らわしさから海外文学の棚に配置されるエラーが起きていました。今回は大丈夫そうでよかったです。
南部 発売前のプロモーションでも、マーニーさんの国籍について特に触れませんでした。セールスポイントを一つ失うことになるのではという思いもありましたが中身で勝負をしにいった結果、全国の書店員さんからたくさんの応援コメントが集まりました。
森 読み終わってから著者が外国人だと気づく方もいらっしゃいましたよね。
南部 嬉しかったですね。びっくりしたでしょ! って。

執筆のため粒子加速器のあるジュネーブを訪れたマーニーさん
レンタルビデオ屋でとっておきを見つけたような喜び
森 この作品の魅力ですが……南部さん、レンタルビデオ屋さん……ってわかりますか。
南部 わかります。わかりますよ!(笑)
森 よかった(笑)私、この作品に関しては、2時間くらいビデオ屋さんに入り浸ってなにを借りるか探して、なんとなく手に取った棚差しのビデオが大当たりだったときのような喜びを感じたんです。あとは適当に選んだ機内上映がすごく面白かったときとか。
南部 今だと自ら必死に仕入れにいかなくても、面白い作品の情報はほとんど自動的に入ってきますもんね。誰かがおすすめしていたりランキングに入っていたりするような話題の本に目がいくことが多く、「自分で見つける」という感覚は薄れがちかもしれません。
森 『物理学者の心』はSNSで大バズりするタイプの本ではありませんが、「なんだか面白い本を見つけてしまった……!!」という驚きと喜びを味わえる本だと思います。「自分だけのとっておき」としての時間が一秒でもあれば、その作品はその人にとって特別になるはず。一人でもそういう方が現れたら嬉しい限りです。
遺言を背負い、誓いの書となり……!?
森 マーニーを発掘したエージェント、村上は残念ながら完成を見届けられませんでした。南部さんは村上が亡くなる前日(!)にお見舞いにきてくださったんですよね。
南部 はい。お見舞いにいったときは……村上さんに怒られました。
森 えっ!? そうなんですか!?
南部 刊行までもう何ヶ月かしかないんだからちゃんとPRしないと間に合わないぞ! って。
森 前日まで元気でしたからね。いつのまにか松崎仁が村上の遺言を背負うかたちになってしまいました。でも私もこの作品のおかげで、自分のエージェントとしての方向性が決まったな、と思います。
南部 『物理学者の心』は森さんがボイルドエッグズを引き継いで最初に刊行された作品ということになるんですよね。
森 もともとこんなに熱を入れて宣伝するつもりはありませんでした。全ての人に刺さる作品は存在しないので、激推しすることで誰かの信頼を失うこともある。たとえば激推ししたAとBとCがことごとく刺さらなかったなら、その人は「ボイルドエッグズの本はもういい」となってしまうかもしれない。フラットに宣伝していくほうが、エージェントとしては無難だと思ったんです。
南部 あれ……? 激推ししてますよね。
森 この作品を読み返すうちに、推さずにいられるか!? と目が覚めました。誰かを失う覚悟で推したい作品でないと、エージェントとして関わる権利がないとも思ったので、これからはなりふり構わず推していきます。そう思わせてくれる作品が、引き継いで最初に現れたことは幸運としかいいようがありません。2月20日発売の遠坂八重『死んだら永遠に休めます』に関しても同様でございます!!(宣伝)
南部 私にとっても楽しい制作期間でした。もう途中から、見出しを見るだけで笑えてくるくらい。『死んでも危ない物理学者』ってタイトルの章があるんですけど、どういうこと!? って校正しながら笑顔になっていました。この作品の不思議な力に惑わされて、客観性を失っちゃったのかもしれません。
森 かたちになってほっとしましたし、終わってしまって少し寂しいです。
南部 いえいえ、ここからですよ……。
森 たしかに。たくさんの方に届くよう頑張っていきましょう。
【著者プロフィール】
マーニー
アメリカ・ミネソタ州生まれ。カールトン大学で日本語を学び、南山大学に留学。ウィスコンシン大学で日本文学博士号を取得。2021年、マーニー・ジョレンビー名義で、すべて日本語で書き上げた小説『ばいばい、バッグレディ』でデビュー。他の著書に『こんばんは、太陽の塔』がある。ミネソタ大学で日本語講師として教鞭をとりながら、小説の執筆を続けている。


























