パン屋が舞台の「心地良い」日常の謎 『このミス』大賞受賞作など注目ミステリ三作を紹介

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  • 謎の香りはパン屋から
  • 逃亡犯とゆびきり
  • そして少女は、孤島に消える

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[本の森 ホラー・ミステリ]土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』/櫛木理宇『逃亡犯とゆびきり』/彩坂美月『そして少女は、孤島に消える』

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 読んでいて心地良い本がある。現実の厳しい面も見据えながら、それでも主人公たちの言葉や行動から前向きな気持ちをもらえる本だ。土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』(宝島社)も、そんな一冊である。

 大学生の市倉小春は、同じパン屋でバイトする親友が予定を急にキャンセルしたことに違和感を覚えた。その行動の背後にあった真相を、小春は持ち前の観察眼と推理力で見抜いてしまう……という一篇が、本書の第一章「焦げたクロワッサン」だ。ちょっとした手掛かりに基づく小さな推理を積み重ねて最終的に求める真相に至る流れが愉しい。これを代表例として、本書の五篇は、いずれも主人公の身の丈に合った謎解きを描いていて著者のバランス感覚の良さを感じさせる。また、様々なパンが短篇の題名に織り込まれ、それが内容に程よく絡むのも嬉しい。全体として緩やかに繋がった物語として主人公たちに親しみを感じられる点も“心地良さ”に結びついていて、友人や家族に安心して薦められる一冊だ。ちなみに小春は漫画家志望という設定なのだが、著者自身は実は漫画家としてもデビューしている。だからといって過度に漫画家的な描写があるわけではなく、やはり程よいのだ。そんな本書は、『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作。

 それに比べて櫛木理宇『逃亡犯とゆびきり』(小学館)は、だいぶ重い。三十二歳の世良未散は、ライターとしてチャンスをつかみかけていた。二十歳のころから女子大生の肩書きを武器にエロやお笑いの記事を書き飛ばしながら目指してきた硬派な記事――十五歳の少女がビルの屋上から飛び降りて死んだ事件の真相を独自に突き止めたルポ――を、ついに発表できたのだ。好評を博したその記事を完成させられたのは、ずっと音信不通になっていた高校時代の親友であり、今では四人を殺して指名手配中の福子からの突然の電話でヒントを得たからだった……。本書では、未散が事件を取材し、福子がヒントを与え、未散が真相に至るというフォーマットの短篇が続く。その各篇で著者は、主に家族という器のなかで感情が歪み誰かが命を落とす出来事を描き、それを通じて、人の心の闇が読者の日常に隣接して存在することを思い知らせる。なんとも重い小説だが、結末までの構成も十分に練られており、ミステリとして天晴れな出来映えだ。

 孤島を舞台とする彩坂美月『そして少女は、孤島に消える』(双葉社)では、映画オーディションで孤島に渡った五人の少女たちが、現実の状況とどこかしら重なる台本を演じることを求められる。無人島で死者が続くという台本を……。孤島ものらしい緊迫感が、孤島ものの典型を巧みにはぐらかす展開と共存する刺激的な長篇だ。終盤で連続する驚愕も素晴らしいし、子役出身という主人公の設定も効果的だ。題名の意味を知って心が動かされもする。一気に読んだ後に、著者の技を痛感した。

新潮社 小説新潮
2025年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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