『天使は見えないから、描かない』
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『失うことは永遠にない』
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[本の森 恋愛・青春]島本理生『天使は見えないから、描かない』/福田果歩『失うことは永遠にない』
[レビュアー] 高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員)
祝福されない恋というものが、この世の中にはある。他にも相手はいるのに、なぜその人でなければならないのか。許されないとわかっていても、なぜ求めずにいられないのか。島本理生氏『天使は見えないから、描かない』(新潮社)は、ひとりの女性が、その普遍的な問いに向き合う小説だ。
33歳の弁護士・永遠子は、都内のマンションに夫婦二人で暮らしている。夫は安定した収入があり、家事も得意だ。深い愛情で結ばれているとは言いがたいものの、表面的にはうまく行っている。だが、永遠子には恋人がいる。18歳年上の叔父・遼一である。幼い頃、行儀が悪いというだけの理由で父に殴られた時、守ってくれた遼一に恋をした。その思いを抱いたまま大人になり、恋愛関係になったのだ。夫の浮気相手が妊娠し、永遠子はあっさり離婚を承諾する。すぐにできた年下の恋人との関係も短期間で終わり、また叔父を求めてしまう。
結婚にも恋にも執着しないように見える永遠子を「たしなみみたい」な恋をしていると親友の萌は言う。信頼するただ一人の友人にすら、誰を愛しているのかを打ち明けられない永遠子だが、叔父への欲望を通して、両親に対する複雑な感情、心の奥に隠してきた痛みと向き合っていく。
著者は、背徳の甘やかさに流されることを読者に許さない。永遠子が抱えている問題は、禁断の恋という特殊なものではないことに、気付いてしまうのだ。誰もが納得する幸福と、自分の求める生き方の間で揺れる経験は、誰にでもあるのではないか。強がりの永遠子が、大切な人との関係を変えようとするラストに、心が熱くなった。
福田果歩氏『失うことは永遠にない』(小学館)の主人公・奈保子は、東京の平均的な家で育った小学五年生の少女である。亡くなった祖母と母は不仲で、兄はいつも奈保子に冷たい。父の不倫が発覚し、母は家を出て行ってしまった。父の提案により、奈保子は認知症の祖父が一人で暮らす大阪で夏休みを過ごすことになった。祖父との静かな生活に慣れた頃、奈保子は太陽のように笑う少女・アサコに出会う。彼女は学校に行っておらず、三人の弟と一人の兄と共に、古びたアパートで暮らしていた。
貧困そのものの環境だが、家族から投げつけられる言葉に傷ついてきた奈保子にとって、そこはようやく見つけた居場所だった。初めての友達と分け合って食べるバナナの甘さと、弟妹のために休みもなく働く鋭い眼差しの青年が、一瞬だけ見せてくれる優しさが、愛しく切ない。だが、どんなに大切に思っていても、彼らと家族にはなれないことを実感する日がやってくる。
奈保子の目の前に現れる光景が、細やかに描写されていく。月明かりにぼんやりと照らされる夜の川に、どうすることもできない少女の孤独が重なり、頭から離れない。