鎌倉時代に御番鍛冶として仕えた4人の物語 新たな後鳥羽院像を示した 『菊の剣』の読みどころ

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菊の剣

『菊の剣』

著者
天津 佳之 [著]
出版社
PHP研究所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784569858210
発売日
2024/12/20
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 歴史・時代]天津佳之『菊の剣』

[レビュアー] 田口幹人(書店人)

 2025年は『菊の剣』(天津佳之著/PHP研究所)に出合えた年として記憶に残るだろう。

 歴史時代小説は、歴史上の結末を読者がおおむね知っていることが前提にある。だからこそ、史実を覆し、新たにそれとは違う結末を用意することで読者に驚きを提供する難しいジャンルと言える。読み手の知っている歴史のあらましや、その出来事に関りを持っていた実在の人物たちの断片的な情報。そこに、書き手の想像力が生み出した人物や物語が新たな色を加える。史実の隙間や歴史に残されていない空白となっている部分とを繋ぎ合わせることで、これまでとは違う視点で歴史に触れることができるのだ。それこそが、歴史時代小説を読む魅力だと僕は考えている。

 本書は鎌倉時代に、御番鍛冶として集められた則宗、則国、吉房、吉光という四人の刀鍛冶の視点で紡がれた後鳥羽院の物語である。多芸多才で、武芸に秀で、歴代皇族の中でも異彩を放った後鳥羽院は、本格的な武家政治の始まりを告げた承久の乱の首謀者として広く知られる人物である。

 御番鍛冶とは、後鳥羽院がこの時代の選りすぐりの刀鍛冶を集め、月ごとの輪番で鍛刀させた制度だ。

 自ら作刀するほど刀剣に固執した後鳥羽院の御番鍛冶として仕えた四人の物語は、危うさ、焦り、偏狭、そして独善という、己に抗うことのできない後鳥羽院の苦悩する姿を浮かび上がらせる。民のためではなく、己の願望を成し遂げるための政へと変化していくのだ。

 本書は、鉄を熱し刀剣とするための炎と熱が丁寧に描かれている。それは、求めた高き理想に届いていない己を知っていることによる余熱に、後鳥羽院が焼かれていく姿をより鮮明にしていた。

 鎌倉で実朝暗殺事件が起こり、将軍の後継をめぐる政争や内裏焼失などの事件が立て続けに発生した混乱期。壮年の後鳥羽院と対峙した則国の刀剣への想いが詰まった「戈を止める也」と題した一編。そして、保元・平治・治承・寿永のち承久と、刀剣が人を斬るためのものとなってもおかしくない乱世へと世が向かう中、これまで幾多の刀鍛冶が守ってきた刀という器の本質に辿り着く「祈りの剣」は特に秀逸だった。

 そこに、三種の神器がない状態で即位した後鳥羽院の負い目と、皇室の紋章・菊花紋の起源となる院自身が焼刃した菊御作をめぐる物語が絡み合い、刀工の葛藤と矜持が余すところなく伝わってくる。

 この「小さき者たちが小さきままに集い、大輪の花となる。」日の本をそんな国とすることを願った後鳥羽院の己との戦いの物語は、新たな後鳥羽院像を示してくれた。これだから、歴史時代小説を読むことをやめられないのである。

新潮社 小説新潮
2025年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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