家に帰ると、小6の妹が父を殺していた。その時ちょうど東京に怪獣が出現したので、父の死体を捨てに行くことに…生きる地獄の果てに希望が見える作品

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク
  • わたしたちの怪獣
  • ミスト 短編傑作選
  • 神の子どもたちはみな踊る

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

カタストロフィを想像して残酷で醜悪な現実世界を脱出したい人のための短編集

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 世界の残酷さや人間の醜悪さを目のあたりにして、みんな滅んでしまえばいいと思うことがある。久永実木彦の『わたしたちの怪獣』は、カタストロフィを想像することによって、現実の外へ出たい人のための短編集だ。全四編を収める。

 第五十五回星雲賞日本短編部門を受賞した表題作の主人公は、埼玉在住の高校三年生つかさ。つかさが自動車の運転免許証をとった日、家に帰ると、小学六年生の妹が父を殺していた。ちょうどそのとき、テレビで東京湾に怪獣が出現したという緊急ニュースが流れる。つかさは妹を守るため、たくさんの人が死んでいる東京へ、父の死体を棄てに行く。おんぼろのトヨタ・カローラに乗って。

 つかさの妹は父に虐待されていた。その原因になった事件の内容が、あまりにも滑稽だからこそ痛ましい。〈ミルク色のぬめぬめとした小腸のような管を、バルーン・アートの要領で束ねて結びあわせて、立ちあがったワニのような輪郭に仕上げたもの〉と表現される怪獣の造形も、強そうじゃないからこそ恐ろしい。読み進めていくうちに、無力な人間と圧倒的な力を持つ怪獣が似たもの同士だとわかる。破壊の果てに、微かな希望も見えてくる。

 久永実木彦の小説は、作中の言葉を借りれば〈キモ美しい〉。異質のものが共存するキメラ的な魅力がある。他の収録作も、大規模な災害や事故が背景にあって、生きることの地獄を描いているのに、妙に愛らしかったり、笑えたりする。

 あわせてすすめたいのは、スティーヴン・キングの「霧」(矢野浩三郎訳、文春文庫『ミスト』所収)と、村上春樹の「かえるくん、東京を救う」(新潮文庫『神の子どもたちはみな踊る』所収)。「霧」は突然町を覆う濃霧の奥に潜むもののおぞましさと衝撃のバッドエンドで知られる映画の原作だが、人物描写にユーモアがある。「かえるくん、東京を救う」は、文学好きのキュートなヒーローかえるくんが、腹を立てると地震を起こすみみずくんと対決する物語。阪神・淡路大震災から三十年経った今、深く沁み入る一編だ。

新潮社 週刊新潮
2025年3月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク