『酒を主食とする人々』
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『酒を主食とする人々 エチオピアの科学的秘境を旅する』高野秀行著
[レビュアー] 東畑開人(臨床心理士)
健康生活 笑えるが、深い
笑えるのに、深い。作家・高野秀行が描いてきた旅の数々を一言で表すならばこれに尽きる。本書はその真骨頂である。
日本人が白米を食べるように、アフリカには酒を主食にする「デラシャ」という人たちがいる。子どもから大人まで、酒を主たる栄養源として暮らしているらしい。本当なのだろうか、体は大丈夫なのだろうか。このワンダーな問いを抱えて、著者は旅立つ。
「アフリカの京都」と言われる美しいエチオピアをいく旅では、トラブルが起き続ける。食あたりに遭い、ゴキブリの大群に襲われ、現地の村で大掛かりなヤラセに騙(だま)される。著者は旅の本筋だけではなく、旅のうまくいかなさを執(しつ)拗(よう)に書き続ける。これに大いに笑ってしまう。でも、よくよく考えれば、私たちが友人と旅行に出かけたときだって、心に残るのはトラブルとその帰結であって、それを帰ってきてから大笑いして話すのが旅の醍(だい)醐(ご)味ではないか。
もちろん謎解きも徹底的に行われる。デラシャの人たちの村を訪ね、現地の人の家に居候し、酒の作り方を見学し、そして朝から晩まで飲み続ける。酒を主食とする生活を共にする。5歳の女の子が「へべれけのおっさん」になっているシーンでは大爆笑してしまった。
しかし、笑いだけじゃない。終盤、著者は現地の病院を取材し、医師にデラシャの人たちの健康状態を尋ねる。すると、彼らは全く健康で、それは気晴らしや娯楽のためではなく、「食事」として飲酒をしているからだという答えが返ってくる。
深い。「近代とは何か」という問いと同じくらいの深さがある。「自然」にお酒を飲んでいるうちには、健康に問題はない。しかし、近代的に、つまり不自然に飲みだすと、危険である。一体酒とは何か。科学と文化をめぐる刮(かつ)目(もく)すべき謎だ。高野作品は、笑えるのに、深い、というのはそういうことなのだ。(本の雑誌社、1980円)