『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』堂本かおる著

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絵本戦争 禁書されるアメリカの未来

『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』

著者
堂本 かおる [著]
出版社
太田出版
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784778340117
発売日
2025/01/28
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』堂本かおる著

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

差別の歴史教えず排除

 子育て中の友人が、「子供に読ませる本は、自分がいいと思うものを選びたい」と言ったら、「そうだね」「もっともだ」とうなずく方が多いだろう。ではその友人が続けて、

「自分が子供に読ませたくないと思う本は、公共の図書館や学校からもすべて排除されるべきだ。そのためには強硬な抗議活動も厭(いと)わない」

 こう言い出したらどうだろう。私はきっと返事に困り、友人の真意を疑ってしまう。

 本書で報告されているアメリカ国内の「禁書」の事情は、ざっくり言えば右記のようなものだ。そもそもは、奴隷制から現代までの「黒人史」を語り、二〇二一年にベストセラーとなった『1619プロジェクト』が広く学校教材として使われる動きが起こったのが発端だった。「黒人差別の歴史を教えることは、白人の子供たちの心を傷つける」と主張する政治家たちや保守系保護者団体が、「親が子供に読ませたくない書籍」を排除する運動を起こしたのだ。その後、こうした禁書の対象は、女性差別、LGBTQ、障害、ヒスパニック系やアジア系に対する差別などを作品のなかで扱っている書籍にまで拡大していった。年間四千冊が図書館から「消された」という。禁書される書籍でもっとも多いのは若い読者に直結するヤングアダルト系だが、本書では「子供が人生の最初に出会う本」である絵本に絞って現状を解説している。

 自由の国アメリカで、特定の勢力からの一方的な主張による禁書が断行されているという事実には恐怖を覚える。ただ、極端な社会現象が発生した場合、いずれきちんとバランスシートが働いて、その現象に対する検証と総括が行われる(たとえば偽記憶症候群のときがそうだった)というのもアメリカ社会の羨ましい点なので、そこに希望を持ちたいと思う。そして、本書で紹介されている多くのアメリカの絵本の魅力をたっぷり味わいたい。どの本も多様性と物語性に富み、優しさとユーモアが輝いている。(太田出版、2970円)

読売新聞
2025年3月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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