リアルな台所、調理器具の写真。一つ一つが愛おしく見えてくる

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ふたたび歩き出すとき 東京の台所

『ふたたび歩き出すとき 東京の台所』

著者
大平一枝 [著]
出版社
毎日新聞出版
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784620328232
発売日
2025/02/03
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

リアルな台所、調理器具の写真。一つ一つが愛おしく見えてくる

[レビュアー] 夢眠ねむ(書店店主/元でんぱ組.incメンバー)

「東京の台所」は、朝日新聞デジタルマガジン『&w』の人気連載である。大平一枝さんが十四年前から始めた、台所を訪ね歩く独特なルポルタージュだ。本作は『東京の台所』『男と女の台所』『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』に続く4作目。ノンフィクションで続いているシリーズだからこそわかる世間の価値観の変化が多くみられる。コロナ禍以前より男性が台所に立つようになったり、マッチングアプリやリモートワークが市民権を得る流れなどを記すページもあり興味深い。

 ここに出てくる人々は自薦の応募で、顔の写真もなければ名前もなく、台所を中心に話を聞くにもかかわらず料理好きの人ばかりではない。SNSで見るような、明るく広くてこだわりの食器がずらりと並ぶ素敵なキッチン……ではなく、その人がそのまま滲み出たようなリアルな“台所”の写真が続く。でも、なぜか他人の台所が、その人が使う道具一つ一つが愛おしく見えてくる。

 名も知らぬ人がぽつぽつと話す人生は、明るく楽しいものだけではない。摂食障害、家族との別れ、戦争のこと。みんな普段にこにこ暮らしているように見えても、「失ったものがない人などいない」のである。人生は使い込まれた台所のように、生々しく、うっすらと悲しく、それでも生きていくために必要なものが詰まっている。誰もみな、食べていかなければ生きていけない。同時にそれは、食べればなんとか生きていけるのだということ。悲しみや挫折の後に、無理矢理にでも前を向いていく、人々のエネルギーに心動かされた。

 台所は生活の楽屋だと著者は語る。「ほっとして、取り繕う必要のない、使い手の素が出る場所。だから、素敵でなくていい。」の言葉に、背伸びして使わぬセイロを買ってカビを生やしてしまうより、自分の性格を理解して憧れを手放しステンレスの折りたたみ万能蒸し器を選べる人生の方が楽しいよなと思えた。

新潮社 週刊新潮
2025年3月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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