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体力自慢で論理的思考が少し苦手な「メロス」が殺人事件に巻き込まれて……
[レビュアー] 若林踏(書評家)
五条紀夫『殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス』は題名そのままの通り、太宰治の『走れメロス』の主人公メロスが殺人事件に遭遇するという謎解きミステリである。発表から八十年以上の時を経て、まさか自作の主人公が探偵役を務めるとは、泉下の太宰治もさぞや驚いているに違いない。
羊飼いの青年であるメロスが、自身の身代わりとして囚われの身となった親友セリヌンティウスを救おうと、故郷から首都の往復路を三日のうちに走ろうとする。これは原作と同じ。だが本作のメロスの行く先々では何故か必ず殺人事件が発生し、その謎を解かねばメロスは親友が待つ首都へと向かうことが出来ないのだ。結婚式を目前に控えた妹に会いに行く有名な場面でも、羊小屋の密室殺人という不可能犯罪にメロスは挑むことになる。
作中のメロスは“脳筋”、つまり体力自慢で論理的思考が少し苦手な人物として描かれている所がポイントで、ロジックの穴を埋めるための推理が幾度となく繰り返されていく様子が楽しい。原典の舞台や歴史的背景を活かした真相は笑いを誘う一方、開いた口が塞がらない人も多いかも。
古典文学や童話の主人公が探偵役を務めるミステリでは赤ずきんちゃんが謎を解く青柳碧人のシリーズのヒットが記憶に新しい。それらと双璧を成す「童話主人公の探偵役」ものにおける近年の収穫として、紺野天龍『シンデレラ城の殺人』(小学館文庫)を挙げておきたい。図太く逞しいシンデレラが法廷で舌戦を繰り広げる、白熱の裁判ミステリになっている点がユニークだ。
海外古典文学の登場人物たちに破天荒な活躍をさせた小説として印象深いのはセス・グレアム=スミスの『高慢と偏見とゾンビ』(安原和見訳、二見文庫)だろう。もちろんジェイン・オースティンの『高慢と偏見』が原作だが、本作におけるベネット家の姉妹は少林拳の達人でゾンビをなぎ倒すという、ぶっ飛んだ設定になっている。それでいて原作を忠実になぞっているから驚きだ。