2013年の創設時からAIも応募可の画期的な文学賞・日経「星新一賞」受賞作11作を収録! 奇跡の脱炭素技術から謎の友だちまで、新人SF作家競演の一冊を書評家・大森望が解説

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星に届ける物語

『星に届ける物語』

著者
藤崎 慎吾 [著]/相川 啓太 [著]/佐藤 実 [著]/之人 冗悟 [著]/八島 游舷 [著]/梅津 高重 [著]/白川 小六 [著]/村上 岳 [著]/関元 聡 [著]/柚木 理佐 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101058610
発売日
2025/02/28
価格
693円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

新人SF作家の超贅沢なショーケース

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

大森望・評「新人SF作家の超贅沢なショーケース」

 今年で第12回を迎える日経「星新一賞」。その一般部門には、毎年、千作以上が応募される。『星に届ける物語─日経「星新一賞」受賞作品集─』は、その中から年に一作だけ選ばれるグランプリ作品を過去十一年分集めた、超贅沢な文庫アンソロジーだ。

 日本経済新聞社が主催するこの賞は、「理系文学」を対象とする公募短編小説賞。一般部門の応募者は、一万字以内で、「理系的発想力を存分に発揮して読む人の心を刺激する物語を書」くことを求められる。「理系文学」とか「理系的発想力」がなんなのかは定義しにくいが、要はサイエンスを意識したアイデア小説ということか。第1回の最終選考委員は、作家の新井素子、ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英、宇宙飛行士の野口聡一など。その後も、映画監督の押井守、ロボット工学者の石黒浩、爆笑問題の太田光、漫画家のヤマザキマリなど、多彩なメンバーが選考に加わっている。

 では、栄えあるグランプリを獲得したのはどんな作品なのか。第1回の受賞作は、SF作家の藤崎慎吾が論文形式で書いた「『恐怖の谷』から『恍惚の峰』へ~その政策的応用」。ロボットの外見が人間に近づくと、ある段階から急に気味悪く見えることがある。この“不気味の谷”現象を下敷きに、AIの知性が一定レベル以上に向上すると人間が恐怖を抱くという(架空の)現象を“恐怖の谷”と名づけ、AIがそれについて分析した研究論文というスタイルで、人類がAIに労働力として利用されている未来を描き出す。2021年にSF界を席巻した“異常論文”(論文形式のSF)ブームの先駆けとも言うべき名作で、まさに「理系文学」の真骨頂。

 八島游舷「Final Anchors」もAIが主役。自動運転が普及した未来、サンフランシスコの交差点で、二台の車に衝突の瞬間が迫る。0・488秒のうちに、どちらかが路面に強制停止アンカーを打ち込んで自己破壊しなければならない。人間の搭乗者の知覚が及ばないところで車載AI同士の状況調停が始まる。半秒未満の交渉をめぐるサスペンスにどんでん返しまで盛り込んだAIミステリーだ。

 架空の新技術で変貌する世界を描いた、いかにもSFらしいSFもいくつか。相川啓太「次の満月の夜には」は、遺伝子操作したサンゴで火力発電所が排出する二酸化炭素を削減しようとする話。主人公たちの研究グループは、炭酸カルシウムの骨格をつくる能力を強化した変異体サンゴによって、膨大なCO2削減に成功するが……。

 之人冗悟「OV元年」は、脳神経に直結して使う身体機能拡充装置オムニバイザーがやがて万能アシスタント兼インターフェイスとして万人に普及していく未来史を“使用者の声”を通じて描く。

 白川小六「森で」は、コンゴの飢餓問題を解決するため、皮膚を緑化して光合成を可能にするウイルスが開発される話。感染者は日光と水さえあれば何も食べなくても生きられるようになり、世界の飢餓人口は激減するが……。

 関元聡「リンネウス」は、一億とも言われる未知の生物種を地球レベルで包括的に調査する壮大なプロジェクト、リンネウス計画のために送り出された“俺”が無数の生物種の間を渡り歩く物語。関元聡は翌年にも「楕円軌道の精霊たち」で第10回のグランプリを獲得。こちらは、世界初の軌道エレベーターを擁するプアプア宇宙港と、代々その島で暮らしてきたポリネシア人の神話を重ね合わせる。

 対する佐藤実「ローンチ・フリー」は、主人公が単身、人力でペダルを漕いで、遺棄された軌道エレベーター伝いに宇宙をめざす。柚木理佐「冬の果実」は、“後天性体温調整機能不全症候群”を患う“僕”の運命をスノーボールアースに重ね合わせる。

 個人的イチ推しは、梅津高重「SING(シン)×(クロ)レインボー」。新種の植物の繁殖によって文明は崩壊寸前。生き残った人類は農村部に小集落をつくり細々と暮らしている。通信手段もほぼすべて失われたが、唯一、奇跡的に生き残っていたのがあまり人気のないスマホ用のソーシャルゲーム「SING×レインボー」(いわゆる音ゲー)。主人公は、人類の未来を背負って今日も音ゲーをプレイする。異様によく考えられたディテールと、人類の命運を左右するのが脱力系の音ゲーというギャップがすばらしい。

 たしかに理系文学だが、SFと読んでいいかどうかよくわからないのが村上岳「繭子」。物理を愛してやまない高校生・近藤アキは同級生の繭子の実在を疑い、あらゆる方法で彼女のデータを採り、分析しはじめる。科学的思考を哲学的につきつめてエスカレートさせた先になにが待つのか? まさに星新一賞ならではのグランプリ受賞作だ。

 以上十一編、どこから読んでも、それぞれの「理系的発想力」が存分に発揮された作品が楽しめる。新人SF作家のショーケースとしてもお徳用です。

新潮社 波
2025年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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