「吹奏楽の甲子園」を目指す高校生の葛藤…サポートに回った部長など、部員の想いに迫ったルポルタージュ 小説家・額賀澪が魅力を語る

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吹部ノート - 12分間の青春 -

『吹部ノート - 12分間の青春 -』

著者
オザワ部長 [著]
出版社
日本ビジネスプレス
ジャンル
芸術・生活/音楽・舞踊
ISBN
9784847075391
発売日
2025/03/05
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「吹奏楽の甲子園」を目指す高校生の葛藤…サポートに回った部長など、部員の想いに迫ったルポルタージュ 小説家・額賀澪が魅力を語る

[レビュアー] 額賀澪(作家)


小説家・額賀澪。吹奏楽部を舞台とした『屋上のウィンドノーツ』で松本清張賞を受賞

 吹奏楽コンクールに青春をかける高校生のリアルを取材した一冊『吹部ノート 12分間の青春』が、現役の部員やOBを中心に“泣ける”と圧倒的な支持を集めています。

 吹奏楽作家として知られるオザワ部長が、全日本吹奏楽コンクール目指して、全力で駆け抜けた部員たちの成長を追いかけた本作の読みどころとは?

 吹奏楽部の高校生を主人公とした『屋上のウィンドノーツ』でデビュー。その後、「風に恋う」など吹奏楽部を舞台にした作品も執筆している青春小説の旗手、額賀澪氏に小説家から見た本書の魅力を語っていただいた。

6校の吹奏楽部のそれぞれの挑戦

 20年ほど前、中学生だった私は吹奏楽部に所属していた。田舎の小さな中学校の、部員数30人未満のこれまた小さな吹奏楽部だった。運動部が夏の大会を目指して練習に励む中、吹奏楽部もまた、夏に行われるコンクールに向けて毎日練習していた。
 当時、日本テレビのバラエティ番組「1億人の大質問!? 笑ってコラえて!」で「日本列島 吹奏楽の旅」というコーナーが人気を博していた。全国のさまざまな吹奏楽部に密着し、コンクールに向けた奮闘ぶりを紹介するという内容のものだ。

 彼らが目指すのは全日本吹奏楽コンクール。当時その会場だった普門館というホールは、「吹奏楽の甲子園」と呼ばれていた。地区大会、都道府県大会、支部大会を勝ち上がり、全国大会の切符を手にした学校だけが、普門館の舞台に立つことができる。
 中学生の私が所属していた吹奏楽部は小規模だったため、とてもじゃないが全国大会を目指すような部ではなかった。出場していたコンクールの部門も、都道府県大会までしか実施されなかった。
 一方、テレビ番組に登場する彼らの部門は、上限55人の大編成で、課題曲・自由曲合わせて12分の演奏を披露する。吹奏楽における花形のような存在だった。当然ながら、テレビで紹介される吹奏楽部に私達は憧れ、彼らの練習を頑張って真似してみたものだ。
『吹部ノート 12分間の青春』(著・オザワ部長/発行・日本ビジネスプレス/発売・ワニブックス)は、まさにそんな全日本吹奏楽コンクールを目指す高校生を追ったノンフィクションである。
 登場する高校は、千葉県立幕張総合高校、北海道の旭川明成高校、大阪の近畿大学附属高校、岡山の岡山学芸館高校、東京の八王子学園八王子高校、同じく東京の東海大学菅生高校の6校だ。
 同じコンクールを目指す部といっても、各高校それぞれに特色がある。同じ部で活動していたとしても、部員達の抱える想いは一つ一つ異なる。すべてに触れるととても長い文章になってしまうので、今回は第1章に登場する千葉県立幕張総合高校、それも、本書で最初に主人公として登場するミソノという女子生徒にフォーカスして書きたい。


第72回全日本吹奏楽コンクール金賞を受賞した岡山学芸館、大東こころさんのノートより

かつての自分にも存在した「かけがえのない時間」

 幕張総合高校は2023年のコンクールで全国大会に出場したが、当時2年生だったミソノ自身はその舞台に立つことができなかった。進学校でもある幕張総合高校では、3年生は全国大会を目指すか、受験勉強に専念するために引退するかの選択を迫られる。
 全国大会を目指すなら、まずはメンバーに選ばれるためのオーディションを受ける必要がある。参加を迷っていた彼女に、顧問は「乗りなよ」とアドバイスした。「乗りなよ」とはつまり〈ステージに乗る〉ということで、オーディションに参加してみなよ、ということだった。
 彼女はこの一言を〈自分の人生の舞台に乗る〉ことを勧められたように感じ、オーディション参加を決意する。自分に甘く、楽な方を選びがちな性格を変えるチャンスだと考えたという。
 彼女以外にも、さまざまな高校生が本書には登場する。部長でありながら、やむを得ない事情でサポートメンバーに回ることになった子。自分の理想とするリーダー像とのギャップに苦しんだ子。強豪校に負け続けながらも、それでも勝ちにこだわり続けた子。
 上手くなりたいけれど思い通りにいかない。進学や将来への不安と、今やりたいことを天秤にかけて悩む。大舞台を前にした焦りや緊張。積み上げてきた努力が実るのか実らないのか、期待と恐怖が入り混じる。部活動に励む中高生なら誰しもがぶつかる悩みや葛藤、決断と努力がそこには描かれている。ノンフィクションならではの、〈今〉を生きる高校生のかけがえのない想いが凝縮している。
 本書を読んで、私は中学生の自分が決して高レベルではないけれど部活を頑張っていたことを思い出し、その経験が何かしら今につながっているのかもしれないとしみじみ思った。高校生だった頃が日に日に遠ざかる大人にとっても、「かつて自分にも同じような時間が存在した」とあの頃を思い出してしまうような、そんな読書体験となることだろう。

シンクロナス

日本ビジネスプレス
2025年3月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

日本ビジネスプレス

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