『セルフィの死』本谷有希子著

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セルフィの死

『セルフィの死』

著者
本谷 有希子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103017752
発売日
2024/12/18
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『セルフィの死』本谷有希子著

[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)

SNS 承認欲求の怪物

 リドリー・スコット監督の『エイリアン』がよい例になる。怪物が怖いのは、姿が見えないからだ。見えてしまったら、どんな怪物も「ただの人工物」でしかない。

 本谷有希子の怪物、主人公ミクルの登場である。自分で自分を自意識と承認欲求の産物だと宣言して闊(かっ)歩(ぽ)する。正体を明かした怪物は振り切らず、七割しか尖(とが)らない。どんなに奇抜な行動を与えても、この一人称主人公が饒舌(じょうぜつ)過ぎる説明書の中から抜け出すことは不可能だ。

 これでは見え見えの、「ただの人工物」である。書き手はそこに何を描くのか? 三割を失った人物に何を吐き出させるのか? その先で読み手をどう笑わせるのか?

 ミクルは、他人に嫌われることでのみ命を保つ。世の中には自分とフォロワーだけがいればいい。フォロワーの数が人間の価値だ。爆発気味の自意識に、制御不能の承認欲求。セルフィすなわち自撮りしか方途がなく、過剰演出の自分をSNSに投げ捨てる。

 筆は無機質な街や店や人を主人公にあてがって、「パンケーキと撮影できないと死」、「生を無駄にし続ける人間」、「私には<原宿感>が足りない」と畳み掛ける。フォロワーが激増しても、何も解決しない。「馬鹿女の顔面をスイーツに埋めて窒息させたい」と侮(ぶ)蔑(べつ)しながらやっと現れた男は、主人公の矮小(わいしょう)な同類だった。

 さあ、筆よ。どうする? 何を書く?

 いや、本谷有希子はもう書き終えているのだ。物語が始まった段階で、「完」だ。尖り度七割の説明書から手が届くのは、三人称の言葉なら、「孤独」だ。作品はSNSの中の笑える「孤独」を抉(えぐ)って光り輝き、最初から幕を引いている。

 張り合える作中人物を思い出した。西加奈子の『ふくわらい』の主役、鳴木戸定である。定は承認欲求の逆に、埋没をひたすら求める。頁(ページ)が尽きても定に終幕はない。ミクルと定。対で読むと、「孤独」はひょっとして本気で尖るか?(新潮社、1870円)

読売新聞
2025年3月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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