『イスラームからつなぐ5 権力とネットワーク』近藤信彰編

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

イスラームからつなぐ5 権力とネットワーク

『イスラームからつなぐ5 権力とネットワーク』

著者
近藤 信彰 [編集]
出版社
東京大学出版会
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784130343558
発売日
2025/01/07
価格
5,500円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『イスラームからつなぐ5 権力とネットワーク』近藤信彰編

[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)

文明の上に立つ国家体系

 「つなぐ」「信頼学」と銘打って刊行のはじまったのは一昨年、第一線のイスラーム研究者が、世に問う全8巻のシリーズである。第1巻で全体を俯(ふ)瞰(かん)したのち、各論へ展開しており続刊中、このあたりで中仕切り、一度みておきたい。歴史・過去に比重を置いていたのが、第5巻で時事・現代に転換するからである。

 イスラームは謎の多い世界だ。そう見てしまうわれわれの皮相な認識は、いまだ解決のみえないガザ問題をはじめ、現代世界のリスクと直結している。

 そんな現状を憂えて専門家が結集、イスラームの「つながり」と「信頼」のありようを考察した。20億の人口に達したイスラームの1400年を繙(ひもと)いて対立・紛争の現在に抗(あらが)う展望の共有をめざす。

 イスラームとはいわゆる「宗教」の範疇(はんちゅう)にとどまらない。その教義に関わって、言語・思想はもとより、社会・経済・政治・外交のすべてを規定する、まさに文明である。その具体的な局面について既刊第4巻まで、主として歴史的観点から、人々がつながる市場・金融、交流・翻訳、越境・移民を中心にとりあげてきた。

 そしてその上にたつ国家体系をみるのが第5巻。「共同体」からはじまる組織・慣習、権力・法制、帝国体制に国際関係と、各地のイスラーム世界を成り立たせた古来の史実、ひいては近現代の世界史につながる知見が満載である。

 たとえばオスマン帝国とヨーロッパ諸国との密接にして多様な関係、ムガル帝国と内外の諸勢力との重層的な「つながり」が明らかになった。「イスラーム法」と国際法との矛盾・対立というだけでは、とても割り切れない歴史である。

 東欧からインドに及ぶ最先端の研究である以上、史料も術語も、門外漢には専門知識が追いつかない。それでも大づかみな論旨を把握できれば、現代を見通すに欠かせない視座が得られるだろう。

 世界に蔓延(まんえん)する「排除と分断をのりこえる」という著者たちの念願にどこまで近づけるのか。われわれ読者が「信頼」を「つなぐ」ところから、それは始まるのかもしれない。(東京大学出版会、5500円)

読売新聞
2025年3月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク