『仏教は科学なのか 私が仏教徒ではない理由』
- 著者
- エヴァン・トンプソン [著]/藤田 一照 [監修、編集]/下西 風澄 [監修、編集]/護山 真也 [訳]
- 出版社
- Evolving
- ジャンル
- 哲学・宗教・心理学/仏教
- ISBN
- 9784908148279
- 発売日
- 2024/11/29
- 価格
- 2,970円(税込)
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『仏教は科学なのか 私が仏教徒ではない理由』エヴァン・トンプソン著
[レビュアー] ドミニク・チェン(情報学研究者・早稲田大教授)
西洋の仏教受容を批判
20世紀後半から現在に至っては、悟りを開く脳の状態が科学者によって調べられたり、「念」の概念がマインドフルネスと訳されビジネスの現場で瞑想(めいそう)実践が注目を浴びたりするなど、仏教体系が個人主義的かつ功利主義的な解釈をされてきた。この流れは、19世紀後半から西洋の知識層に再発見されて以降、仏教がいかに自然科学と親和性がある特殊な宗教かということを強調してきた潮流の延長線にある。
本書は、幼少期から北米の仏教モダニズムの潮流の中で育ち、仏教思想と認知科学の結合を図る研究を行ってきたアメリカの哲学者トンプソンが、主に西洋社会における現代の仏教受容を正面から批判するものだ。トンプソンは仏教例外主義とも呼ばれるこの大きなうねりの中心で過ごしてきたのだが、その間も決して知的な誠実さを失わず、本書を通して仏教モダニズムの問題点を詳細に批判するに至った。評者は、日本の仏教文化に親しみ、その哲学的な意味にも関心を抱く者として、本書の明晰(めいせき)な議論展開にまさに蒙(もう)を啓(ひら)かれる思いがした。
著者は釈迦の生きた時代とそれ以降、仏教の諸宗派が他の宗教とどのように相互影響しつつ変容してきたかという歴史をつぶさに紐(ひも)解(と)き、信仰としての仏教の価値を論証する。その上で、信仰と科学を安易に結びつける仏教モダニズムの論理的瑕疵(かし)をひとつひとつ検証している。その透徹した視座は、偉大な研究者であり、師でもあったフランシスコ・ヴァレラや、共に仏教と科学に関する対話を行ってきたダライ・ラマ14世の議論にも正面から批評を加える。
西田幾多郎や西谷啓治といった哲学者の思想にも精通するトンプソンの仏教論は、日常生活のなかで仏教に親しむ日本の読者に、さらに言えば仏僧の方たちにこそ、読んでほしいと思う。専門用語を一つひとつ詳述しているので、一般読者にもじっくりと読み解ける、刺激的な一冊だ。藤田一照、下西風澄監訳、護山真也訳。(Evolving、2970円)