詩人・文月悠光が語る、詩集『大人をお休みする日』ができるまで~タイトルに込めた思いと読者へのメッセージ

エッセイ

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大人をお休みする日

『大人をお休みする日』

著者
文月 悠光 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学詩歌
ISBN
9784758414753
発売日
2025/02/14
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

小特集 文月悠光

[レビュアー] 文月悠光(詩人)


文月悠光(撮影・神藤剛)

 暮らしを営むこと、誰かに恋をすること、傷を分かち合い連帯すること……。

 約8年間書き溜めた詩のなかから、文月悠光さん自身が選んだ45篇を収録した第5詩集『大人をお休みする日』が刊行された。

 慌ただしく過ごす日々のなかで見過ごされていく心の声を、詩に綴った文月さんの想いとは?

 ***

 新詩集『大人をお休みする日』をこの度上梓することになりました。この本をこれから手にされる方に向けて、インタビュー風に作品の魅力を語りたいと思います。中には詩集を手に取るのは初めて、という方もいらっしゃるでしょう。未だ見ぬ読者に宛てながら、できるだけわかりやすく、丁寧にお伝えしていきます。

 まずは今作のタイトル『大人をお休みする日』について。

〈「大人」をお休みする日があっても、/それは「わたし」を生きるため。〉という詩の一節からタイトルを決めました。私たちは、大人として・社会人として「こうあるべき」を背負いながら、懸命に暮らしています。けれど、それゆえに自分らしさを失ってしまうことも……。

 だから時折、「わたし」を生きるために、「大人」をお休みする日が必要なのだ、という思いをタイトルには込めました。

 本作は雑誌「mina」「婦人之友」でご好評をいただいた連載を含む、著者最多の四十五篇を収録しました。各章のタイトルは、恋をすること/自分を愛すること/暮らしていくこと/抗うこと/女ともだちへ/選択すること/別れを選ぶこと/心を生かすために、の全八章です。

「恋をすること」は他者と向き合う歓びと難しさ、「自分を愛すること」はセルフラブの大切さ、「暮らしていくこと」は生活の土台をつくる重要性、「抗うこと」は社会に対して自分の声を持つこと、「女ともだちへ」は友人との連帯について。二〇代・三〇代の方が今の時代を生きる際、必ず向き合うことになる題材を選びました。読者の方にも詩を読みながら、ご自身の胸の奥にある過去や思いに気づいていただけたら、と願っています。

 さて、詩集において何より重要なのが順番です。過去には編集者の方にお任せすることもありましたが、今回は前詩集『パラレルワールドのようなもの』と同じく、順番も私自身が練っていきました。

 まず、今まで雑誌などに発表した膨大な量の詩(一〇〇篇以上)から収録作を選出します。個々の作品の強度も大事ですが、それ以上に重要となるのが一冊を貫くテーマを見つけること。詩集全体を一つの物語のように読めるよう、それぞれの詩の響き合う箇所を見つけ、章を作ります。まるで一つ一つの星を繋いで、星座を作るような作業です。気に入っている作品でも、今回の本に合わない場合は、候補から外すことも多々ありました。それを繰り返すうちに、詩集全体の方向が見えてくるのです。

 そのような作業を二〇二四年六月頃から開始。最終的には、十一月末に書き下ろし作品を加えて第六稿まで推敲を重ねました。約八年近い歳月をかけて少しずつ書き溜めていった作品から、最終的に四十五篇に厳選したのです。

 長い制作期間中に感じたのは、自分の心境や立場の変化でした。たとえば、二十七歳の自分が見ていた世界は、現在三十三歳の私のそれとは明らかに違っている。私だけではなく、私の友人・知人も、同じように時間と共に変化しているんです。詩にはそれぞれ、当時の友人たちの言葉から気づかされたこと、時代の空気感が切り取られています。詩は過去の自分からの手紙、未だ見ぬ未来への予言……。詩人にとって「詩」は、「そのときの自分にしか書けないもの」の結晶なのです。

 どんな方にこの本を手にしてほしいか? 一番よく聞かれる質問ですが、実際読者には様々な属性・世代の方がいらっしゃるので、答えるのが難しい事柄です。端的に言えば、「大人をお休みする」のが苦手な人、状況的にそれが難しい人に手に取ってもらいたいですね。

 特に、私が収録作品を書いた時と同世代の、二〇代半ばから三〇代の方にお勧めしたいです。この世代は、必死にキャリアを築いたり、学生時代より深い恋愛をしたり、ライフステージが変わったりと、「大人になる」ための変化が大きい時期。一生懸命な日々の中で、この詩集を開いてご自身の心を満たすような時間にしていただけたら、著者としてこれ以上に嬉しいことはありません。

 ***

文月悠光(ふづき・ゆみ)
詩人。1991年北海道生まれ、首都圏在住。2008年、16歳で現代詩手帖賞を受賞。第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社/ちくま文庫)で、中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少18歳で受賞。2023年、第4詩集『パラレルワールドのようなもの』(思潮社)で富田砕花賞を受賞。その他の詩集に『屋根よりも深々と』(思潮社)、恋愛をテーマにした詩集『わたしたちの猫』(ナナロク社)がある。エッセイ集『臆病な詩人、街へ出る。』(立東舎/新潮文庫)、『洗礼ダイアリー』(ポプラ社)が若い世代を中心に話題に。高校の国語教科書『高等学校 新編現代の国語』(第一学習社)に『臆病な詩人、街へ出る。』の一部が教材として掲載。2023年には、香港発のウェブメディア「Hive Life」誌が選ぶ「アジア太平洋地域の注目すべき7人の詩人(7 Purposeful Poets from APAC to Watch)」に選出・作品が紹介された。2023年度より武蔵野大学客員准教授。本作は第5詩集にあたる。

角川春樹事務所 ランティエ
2025年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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