心震える端正なビブリオミステリから二人の名探偵の贅沢な共演まで…書評家・大矢博子が選ぶエンタメ7冊

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  • 世界でいちばん透きとおった物語2
  • 砂男
  • 午前二時不動産の謎解き内覧
  • 大阪府警 遠楓ハルカの捜査日報
  • 図書館に火をつけたら

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ニューエンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

杉井光期待の続編、有栖川有栖の生んだ二大探偵夢の共演、浪速の倒叙ミステリetc.……文庫オリジナルの魅力を伝える6冊から、能登半島応援チャリティアンソロジーまで、書評家・大矢博子がおすすめする7冊!

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 一月に芥川賞・直木賞が発表され、四月には本屋大賞が控えている。本が売れなくなったと言われ続けているが文学賞はやはり盛り上がるし、それを機に初めての作家と新たな出会いを果たす読者も多いだろう。

 だが、直木賞にしろ本屋大賞にしろ、候補になるのは単行本として刊行された本ばかりである。近年どんどん増えてきた文庫オリジナル作品はそこから漏れてしまうわけで、それがなんとももったいない。九年前から吉川英治文庫賞が設立されたものの、五冊以上のシリーズ作品限定のため、単発作品はここでも漏れてしまうのだ。

 文庫は安いし手軽だし、読書の習慣があまりない人でも手に取りやすい──つまり小説という広大な海への入り口になり得るジャンルである。推さずにどうする?

 ということで今回は文庫オリジナルの新刊を紹介していこう。

 話題の文庫といえば、何はさておき杉井光『世界でいちばん透きとおった物語2』(新潮文庫nex)だ。一昨年に出た『世界でいちばん透きとおった物語』はその年のミステリ界の大きな話題となった。ただ、何を言ってもネタバレになるという構造上、非常に書評家泣かせの作品でもあった。

 その続編である。期待はいやが上にも高まる。物語はコンビ作家・翠川双輔のプロット担当者が病死したという話から始まる。雑誌連載中だったミステリも、その先のプロットを執筆担当者が聞かされていないため未完で終わりそうだという。新人作家の藤阪燈真は、雑誌掲載分を読んで解決編を探ってほしいと頼まれたが──。

 まずは「今度はどんな趣向かな?」と考えながら読み始めた。今回は電子書籍でも出ているので、あの手ではない……。だがいつしか、それを忘れて物語の謎に引き込まれた。この作家、飛び道具だけじゃない。それをこの第二作で証明してみせたのだ。作中作から解決編を導くというビブリオミステリとしての面白さもさることながら、真相には心震えた。なんと端正で、そして温かなミステリであることか! 純粋に物語としてだけの比較なら、私は前作よりこちらの方を評価したい。

 有栖川有栖『砂男』(文春文庫)は、ファンにとって嬉しい一冊。単行本未収録の作品が集められた短編集というだけではなく、なんとこの文庫には著者の二大人気シリーズである江神二郎シリーズと火村英生シリーズの両方の作品が入っているのだ。数多くの本を刊行している有栖川有栖だが、一冊でその両方が楽しめるのはおそらくこれが初めてである。しかも中には、なぜ単行本未収録のままだったかが前口上で説明されている作品もあり、ファンにはさらに楽しい一冊となった。

 特に興味を惹かれたのが江神二郎シリーズの一作「推理研VSパズル研」だ。パズル研究会が出してきた論理パズルに推理研究会の面々が挑む。論理パズルというと、たとえば正直村と嘘つき村だとか、ボートで何往復もしてヤギと狼とキャベツを運ぶだとか、そもそもそれどんな状況? と突っ込みたくなる設定が多いが、本編ではパズルを解くだけではなくその設定に隠された秘密を解き明かすという思考実験が楽しめる。作中のパズルがどのようなものかは読んでご確認いただきたいが、ミステリの楽しさはこういうところにあるのだ、と再確認させてくれた。同様にノンシリーズの「ミステリ作家とその弟子」も、昔話を題材にしてミステリに仕立てるという、発想の面白さに満ちている。

 奥野じゅん『午前二時不動産の謎解き内覧』(小学館文庫)は思わぬ(という言い方も失礼だが)拾い物だった。午前二時から二時間だけ開いているという不動産屋とそこを訪れる人々の物語という設定から、なんとなくファンタジーかお仕事ロマンスかなと思っていたのだが、見事に裏切られたのだ。いい方向に。

 午前二時不動産が扱っているのはワケあり物件。前の住人が自死していたりといった瑕疵物件を安く紹介してくれる。しかし契約には条件があった。借りたいなら、その部屋に残る謎を解かねばならないのだ。

 収録されているのは三作。ハムスターの死後に後を追った女性。豪奢なタワマンの自室で睡眠薬を飲んだ女子高校生。部屋中の壁に絵を描いた老人。それぞれその部屋を借りたい人が、謎に挑む。最初は安い家賃が目当てでも、彼らは次第に前の住人の心に寄り添っていく。そして謎解きを通して、自分自身が抱えていた問題をも乗り越えていくのである。その過程が実にいい。謎解きの面白さももちろんあるが、ひとりひとりの人間のドラマがそれを上回る。

 第二章、第三章に、前の話の主人公がちらりと顔を出すのも「元気にやってる!」と教えてくれるようで心が浮き立つ。本書では特に第三章の「魔法の箱が開く部屋」が秀逸なので、ぜひ続編を出して、第三章の母子を再登場させてほしい。

 松嶋智左『大阪府警 遠楓ハルカの捜査日報』(PHP文芸文庫)は刑事コロンボ形式の倒叙ミステリの短編集だ。俳優である妻が一日署長の道頓堀川水上パレードをしている目の前でマンションから転落死した夫の事件や、古墳群をランニング中に忽然と姿を消した会社社長の事件など四編を収録。大阪の地域色も豊かだ。

 倒叙ミステリの形式に則り、まず犯行シーンが描かれて、そのあと主人公の大阪府警捜査一課・遠楓ハルカと犯人の対決という構成になっている。だが本書のポイントは視点人物だ。大抵の倒叙ミステリは犯人視点で描かれるが、本書は基本的に三人称。視点人物は強いて言うなら遠楓班の下っ端・佐藤である。つまり、犯人の内面は描かれないわけだ。そしてこれが実は本書の大きなポイントとなっている。

 倒叙ミステリはどこかで犯人がミスをしていて、それを探偵役が突くというのが常道だ。しかし本書はそこにさらなる捻りが入っている。目を惹く美女で仕事は優秀、でも中身は大阪のおばちゃんという遠楓ハルカのキャラクターの強さにどうしても目がいくが、本格ミステリとしてかなりトリッキーなのでミステリファンは要チェックだぞ。

 また、遠楓班構成メンバーの個性やチームワークの良さが随所に表れるのも魅力だ。むしろそのあたりをもっと読みたい。決め台詞もあるし、これ、ドラマになると面白そうなんだよなあ。

 本好きが思わず悲鳴をあげそうなタイトルが、貴戸湊太『図書館に火をつけたら』(宝島社文庫)だ。七川市立図書館から出火、ほぼ全焼という事件が起きた。火元は火気などない地下書庫のため放火と見られる。そして中で倒れたスチール棚に塞がれ密室となった地下書庫からは他殺死体が発見された。

 捜査一課の刑事・瀬沼は小学生の頃不登校になって、この七川市立図書館に避難することで友達も出来、救われたという過去を持つ。そのため事件に対する思いも一入だった。当時の友人のひとりはこの図書館の司書になっており、懐かしさを覚える瀬沼。しかしやがて浮かんだ容疑者は、当時のもうひとりの友人だった──。

 幼馴染が刑事と司書と容疑者というこの設定にまず萌える! だがそれ以上に萌えた(燃えた?)のは、スプリンクラーで水浸しになった本の修復作業のたいへんさと、本と図書館を愛する司書たちの思いだ。本や利用者の快適さよりも派手さや数字を重視する館長には、本好きの読者は司書たち以上に腹を立てるのでは。

 だが、そういう「流行のおしゃれ図書館」へのアンチテーゼだと思って読んでいると背負い投げを喰らう。そういう面ももちろんあるが、著者がこの物語を通して描きたかったのは、図書館にとって何がいちばん大切かという根本的な問いかけなのではないだろうか。

 とはいえ、本が燃えたり濡れたりする話は辛い。ということで最後は本好きのためのアンソロジーを。文庫オリジナルのアンソロジーは毎月のように各社から出ているが、今回は三上延・他『神様の本』(メディアワークス文庫)を取り上げよう。

 三上延の「ビブリア古書堂の事件手帖」や似鳥航一「下町和菓子 栗丸堂」、近江泉美「深夜0時の司書見習い」、浅葉なつ「神様の御用人」など人気シリーズの新作が書き下ろしで楽しめるというお得な一冊。さらに紅玉いづきや前述の杉井光の短編も入っており、そのすべてが本にまつわる物語なのだ。なんと贅沢な!

 六作中四作がシリーズものというのもいい。これで初めて知ったシリーズに気になるものがあればしめたものだ。アンソロジーとは出会いの場なのだから。そして文庫オリジナルという出版形態も、やはり、読者と小説が出会う場なのである。気に入った作品があれば、ぜひその作家の単行本にも手を伸ばしていただきたい。

 そうそう、文庫ではないが今月はこれに触れないわけにはいかない。能登半島応援チャリティ小説企画『あえのがたり』(講談社)だ。能登地震の支援のために、朝井リョウ、麻布競馬場、荒木あかね、今村翔吾、今村昌弘、小川哲、加藤シゲアキ、佐藤究、蝉谷めぐ実、柚木麻子という、各ジャンルの人気作家が勢揃い。今村翔吾と今村昌弘と柚木麻子が同じ本で読めるアンソロジーなんて他にある? 「おもてなし」をテーマに、地震を描いたものからまったく関係ない話まで、歴史小説から本格ミステリまで、なんとも幅広く贅沢な一冊だ。あの地震から一年以上が経つが、こうして本になって書店に並ぶことで記憶の風化に抗うことができる。それを買えば支援になる。

 数年すればこのアンソロジーも文庫になるだろう。そうすればまたそこで私たちはあの地震を思い出し、応援の気持ちを強めるに違いない。これは本というものにできる最高の支援だ。

角川春樹事務所 ランティエ
2025年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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