<書評>『わたしたちの中絶 38の異なる経験』石原燃(ねん)、大橋由香子 編著

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わたしたちの中絶

『わたしたちの中絶』

著者
石原 燃 [著、編集]/大橋 由香子 [著、編集]
出版社
明石書店
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784750358598
発売日
2024/12/12
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『わたしたちの中絶 38の異なる経験』石原燃(ねん)、大橋由香子 編著

[レビュアー] 小川たまか(ライター)

◆孤独と罪悪感を強いる国で

 本書の共編著者である石原燃さんの戯曲「彼女たちの断片」を見た後の温かな気持ちは忘れられない。中絶薬を飲む若い女性を年代の違うさまざまな女性たちが見守る一晩の物語で、おしゃべりしたり歌ったりして夜がふけていく。私がそれまで中絶に抱いていたイメージがいかに貧困だったのかを思わされた。中絶はとにかく痛くてつらくて、悲しくていけないことだと刷り込まれていた。

 でもそれは仕方のないことなのだ。本書にあるように、日本では近年まで中絶薬が認められておらず、人工中絶手術もアフターピルも高価である。性教育は2000年代に後退して久しく、今でも中絶に「配偶者同意」があるばかりか、未婚女性にも相手の同意を取ることが求められる場合がある。1人で産み落とした女性が「乳児遺棄」で逮捕されるニュースは1件や2件ではない。

 避妊も中絶も主体的に選ぶことができない国であり、その結果として中絶手術を受けた女性が1人で孤独を抱えやすい。けれど、それが当たり前で良いのだろうか。

 本書のメインは中絶経験のある女性と、性別に自分を当てはめないノンバイナリー計28人による、個人的な語りである。そしてその前後を、大橋由香子さんによる戦前戦後からの妊娠・中絶の歴史と、助産師や記者による現在の現場の実態が包む。

 個人の語りはそれぞれのものであるけれど、その個人の意思や感情は望もうが望むまいが社会につながる。そのことに自覚的な人もいるし、途中で自覚的にならざるを得なかった人もいる。伝統ではなくビジネスとして発生した「水子供養」を勧められたり、中絶に罪悪感を覚えさせるものとして批判のある米教育映画「沈黙の叫び」を学校で見た経験がある人が複数いるのも、証言として意味がある。

 気になったのは、中絶経験のある人の多くが、その前後で医療関係者から受けたケアあるいは心ない言葉を強く記憶している点である。なぜか語られづらい中絶の歴史について学び、未来への足がかりとして意義を感じる。

(明石書店・2970円)

石原 劇作家・小説家。 大橋 フリーライター・編集者。

◆もう一冊

『中絶がわかる本 MY BODY MY CHOICE』R・スティーブンソン著、塚原久美訳(アジュマ)

中日新聞 東京新聞
2025年3月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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