『ブレイクショットの軌跡』
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一台のSUVの持ち主を通し、現代社会の闇を浮き彫りにする群像劇
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
大森望・評 『ブレイクショットの軌跡』逢坂冬馬[著]
社会現象を巻き起こしたデビュー作『同志少女よ、敵を撃て』から3年余。第二次大戦下のヨーロッパの少年少女を描いた前二作から一転、逢坂冬馬の第三長編『ブレイクショットの軌跡』は、現代の日本を主な舞台にした、完全新作の群像劇だ。
題名の「ブレイクショット」は、ポケットビリヤードなどの最初のひと撞きのこと。手玉に衝突されたボール群がバラバラに分かれてさまざまな軌跡を描くように、登場人物たちの人生の道すじが描かれる。
それらの物語をひとつにつなぐのが、(架空の)人気SUV「ブレイクショット」。映画『モダン・タイムス』の頃と大差ない機械的な流れ作業に従事する自動車工場の期間工たちが組み立てたSUVは、労せずして大金を稼ぐファンドグループの役員に新車で買われ、その役員が手放した中古車を勤勉なベテラン板金工が5年ローンで買ったかと思えば、ブラックな不動産会社の社用車になり、ついには海を渡って中央アフリカの武装勢力の軍用車両に改造されて屋根に重機関銃を据え付けられる。
一台のSUVを通して、雇用問題、インサイダー取引、所得格差、不動産投資詐欺やセミナー詐欺、ビッグモーター事件など、現代社会が抱えるさまざまな闇が浮き彫りになる仕組み。といっても、肩肘張った小説ではなく、各キャラクターの個性や職業的ディテールがすばらしい解像度で描かれるので、読みはじめたら止まらない。一見ランダムに見える登場人物たちの動きが複雑に連鎖し、カオス的に発散するかと思いきや、緻密な計算に導かれて各ボールがぴたりぴたりとポケットに落ち、これしかないという結末にたどり着く。
中心になるのは、Jリーグのユースチームで運命的な出会いを果たした二人のサッカー少年、後藤晴斗と霧山修悟。絶望的な状況下でもベストを尽くす二人の運命やいかに? 600ページ近い厚みにふさわしく、今年のベストを争う大作だ。