『母と娘。それでも生きることにした』
- 著者
- 黒川 祥子 [著]
- 出版社
- 集英社インターナショナル
- ジャンル
- 文学/日本文学、評論、随筆、その他
- ISBN
- 9784797674576
- 発売日
- 2025/02/26
- 価格
- 2,200円(税込)
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元被虐待児が「虐待する親」に。負の連鎖を乗り越えようとする親子関係
[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)
碓井広義・評 『母と娘。それでも生きることにした』黒川祥子[著]
2013年、著者は『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』で第11回開高健ノンフィクション賞を受賞した。当時、「児童虐待」は社会問題化していたが、報道されるのは虐待を受けた子どもが死亡した悲惨な事件が多かった。メディアも世間も加害者である親の非道を糾弾することに終始する。欠けていたのは保護された子どもたちに対する視点だ。同書は彼らの「その後」に目を向け、待ち受けている現実に光を当てた作品だった。
その続編である本書は、前作に登場した滝川沙織さん(仮名)を巡るノンフィクションだ。彼女は前作の中でただ一人の「大人になった元被虐待児」だった。生まれた直後から寺に里子として出され、虐待的環境で育つ。小学校卒業後に実父に引き取られるが、継母からは言葉の、父親からは性的な暴力を受けた。取材時は40代前半。30歳で結婚し、05年に長女の夢さん(仮名)を出産した。だが、育てにくい傾向の子どもだったこともあり、今度は沙織さん自身が「虐待する親」になっていく。
あれから12年が過ぎた。夫の不倫による離婚を経験した沙織さんは50代半ばだが、過去に受けた虐待の後遺症は今も続いている。19歳になった夢さんによれば、心身共に強いダメージを抱えた沙織さんには複数の人格が内在するという。本書では、沙織さんが自己を語るだけでなく、母親との関係に苦しんできた夢さんの心境も明かされていく。
驚くのは沙織さんの父親もまた不幸な子ども時代を送った被虐待児だったことだ。暴力で家族を支配することを正義だとする親に育てられた子どもが親となり、実の娘を性的に虐待。その娘もまた幼い我が子に手を上げていたのだ。しかし今、母と娘がそれぞれに語る言葉の中には、自身を客観的に見る目と新たな親子関係を築こうとする意思がある。「負の連鎖」という悲劇からの脱却の第一歩かもしれない。