翻訳とはホスピタリティー

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翻訳者の全技術

『翻訳者の全技術』

著者
山形 浩生 [著]
出版社
星海社
ジャンル
語学/語学総記
ISBN
9784065376812
発売日
2025/02/19
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

翻訳とはホスピタリティー

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 翻訳技術を教えてくれる本だと思って買ったら、そうではなかった。山形浩生『翻訳者の全技術』は、人にはなかなか真似のできない翻訳をつぎつぎに手がける著者が、なぜそんなことができるかを語った本だ。

 ピケティもフィリップ・K・ディックも訳してきた著者の翻訳は「わかりやすい」。原文を読んでいるとき著者の頭にはその意味が流れるように入ってくるので、言語の壁によってその本が読めていない人に「この本が難しいんじゃないよ、こういう言い回しにすればわかるでしょう」と言ってあげたいのだと思う。ホスピタリティーである。

 著者は、言葉の運用において「伝達」の側面を重視する人だ。これは、詩なんかを読み書きして暮らしているわたし自身の立場(表現を深めたければ伝達効率はどうしたって犠牲にならざるを得ない)と正反対で、とても興味深かった。

 著者の立場から言えば積ん読は悪である。人に読まれるために作られた本を死蔵するのは本に対する裏切りであると言っている。わたしの立場から言えば、価値ある本を、今日よりも経験を積んで複雑さが増した明日の自分が読めば受け取れるものが増えるから積むのだ。それもまた本への尊敬だと思う。どっちが正しいということはなく、生きる姿勢の問題であり、著者はまさに生きる姿勢について語っているのである。

 立場は違えどこの熱い語りに説得されながら読むのはとてもおもしろかった。続編もほしい。

新潮社 週刊新潮
2025年3月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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