『ユダヤ人の歴史』
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『ユダヤ人の歴史 古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで』鶴見太郎著
[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)
勇断と力量の3千年史
ユダヤ人三千年を一冊で。まずは読者として歴史家として、思いも寄らない企画・書物を形にした勇断と力量に拍手を送りたい。
目前の国際問題の第一は、いわゆるガザ問題、戦火もなお燻(くすぶ)る現状に関心をもつのは当然。そうはいっても目前ばかりにとらわれるのが世の常、日本のメディアもその弊に陥って久しい。
ユダヤ人国家イスラエルが攻撃するガザの惨状を刻々克明に伝え、「人道危機」を呼号するのはともかく、批判指弾だけでよいものか。世界中の非難を浴びても、ひるまず退かないイスラエルの執念こそ、われわれの理解を絶する。
日本も他人事ではない。グローバルに関わる事態であれば、善悪・賛否を越えて、当事者たちの思想言論・行動様式を把握する必要がある。
それには歴史をたどるのが最も捷(しょう)径(けい)だ。歴史家ならそう思う。けれども古来、離散(ディアスポラ)を経て世界中に暮らす「ユダヤ人の歴史」をほんとうに跡づけて把握することができるのか、とてもおぼつかない。勇断といったゆえんである。そしてそれを著者は、曲がりなりにもやりおおせた。力量といったゆえんである。
「シオニズム」や「ポグロム」など、おなじみの史実はいうまでもない。「神秘主義(ハシディズム)」や「啓蒙主義(ハスカラー)」など、門外漢になじみのない事象まで、くわしく教えてくれる。
それでも、やはりメリハリは免れない。19世紀以後の近代以降が半分以上を占める。さもなくば、古代のダビデ王・ソロモン王からメンデルスゾーンを経て、ネタニヤフ・ゼレンスキーまで駆け抜けるのは、およそ不可能だ。看過・偏向ではなく専門・個性だと読めばよい。
「ユダヤ人」抜きでも世界史は書ける。しかし古今東西、たえず重要な局面で登場し、歴史を動かしてきた。そうと気づかないことも多い。
目前のガザ問題でも、おそらく世界中のユダヤ人が関わっている。危機の現代、あらためて世界史のみかたを考えたい。(中公新書、1188円)