<書評>『労働廃絶論』ボブ・ブラック 著
[レビュアー] 栗原康
◆人類は遊びで食ってきた
友だちと山菜採りにいく。急斜面をよじのぼって山菜をとる。すってんころり。ときに転げ落ちて泥まみれ。ゲラゲラ笑う。またのぼってまた落ちる。それをなんども繰り返していると、われを忘れ、時間も忘れて夢中になる。もう玄人も素人もない。会社も肩書もなんにもなくなる。誰がどれだけとれたのかも関係ない。どうせこのあと、みんなで食うのだ。独り占めもありえない。山は誰のものでもない。勝手に生えてくるものを、必要に応じてとればいい。上でもなく下でもなく、競争でも所有でもなく。ただその行為自体によろこびをおぼえる。それが遊びだ。
さて、本書はボブ・ブラック『労働廃絶論』の新訳だ。1980年代に書かれたアナキズムの古典を、訳者ホモ・ネーモさんが本文よりも長い、気合パンパンの解説をいれて、現代につなげている。最高だ。
なにが書かれているのか。「誰一人として労働すべきではない」。ここでいう労働とは「強制された苦役」のことだ。わたしの命じたことに従え。さもないと、食いっぱぐれて死ぬよ。恐怖を突きつけられて、やりたくもないことを強いられる。苦痛だ。この資本主義では、会社のボスに絶対服従。それに耐えれば、報酬をえられる。出世をすれば、自分も部下に命令できる。そのためにますますボスに首を垂れる。強制と苦痛がとぐろを巻いて、みんな上か下かしかなくなっていく。しんどい。
どうしたらいいか。働かない。食いっぱぐれる? 人類学者、マーシャル・サーリンズいわく。人類20万年史、そのほとんどを占める狩猟採集生活。平均労働時間は1日4時間。摂取カロリーも十分だ。そう、山菜採り。人類は遊びで食ってきたのだ。むしろいま労働にとられている時間を解き放ったらどうなるか。採集ばかりじゃない。続々と未知の遊びがあらわれる。生の無限の可能性が爆発していく。ボブ・ブラックはこう言った。「ただ真剣に遊べばいい」。いいよ。
(ホモ・ネーモ訳、解説、まとも書房・1100円)
1951年生まれ。米出身のアナキスト。関係者に大きな影響を与えた。
◆もう一冊
『14歳からのアンチワーク哲学』ホモ・ネーモ著(まとも書房)。小説スタイルで平易。