『影犬は時間の約束を破らない』
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抽象的な世界だが、リアルさを手放さない。韓国の「新しい」作家が描く「冬眠体験小説」
[レビュアー] 大竹昭子(作家)
七篇の短編のどれもが「冬眠」の体験に関わっている。冬眠に入るにはクリニックで健康診断とカウンセリングを受け、資格のあるガイドのもとで薬を飲む。冬眠中、ガイドは冬眠者に異変が起きないよう定期的にチェックする。
近未来的状況だが現実味があり、もしこういうものがあるなら体験してみたくなる。冬眠ではなく、ガイドのほうを。
「この部屋でだけ作動するすごく性能のいい機械」に登場するのはガイドの資格をもつテインとテシクという兄弟だ。大学卒業後、テシクは兄の家でしばらく一緒に暮らしたが、テインの不在のときにドアキーの暗証番号を当然のように押して見知らぬ人物が入ってきた。かつて兄の冬眠ガイドをしたシオンだった。
冬眠中、人はいろいろな夢を見るが、シオンはテインからあなたの生活を見たと言われ、興味を持つ。他者の心のなかに現れた自分を知ることに救いがあるような気がして、部屋にやってきたのだった。
冬眠している最中は生きているのかいないのか。生物的には生きているが、この世で活き活きと活動しているのとは別の時間を生きているのも間違いない。それを見守るガイドは、意識の半分を冬眠する側にとられ、危険領域に立ち入っている。
表題作はそれと対になっている作品だ。影犬とは「時間と心の結びめがほどけてしまった人々のところにやってきて散歩を要求する」影でできた犬のこと。冬眠者のいる部屋は彼らの無意識に満たされ、時間と心の結びめがゆるんでくるが、影犬はそこからガイドを外に連れ出す役を務めるのだ。
目を閉じているあいだと、目を開けているあいだの時間の流れ方や意識状態の違い、それが生み出す空間の違い。抽象的な世界を描きながらも、リアルさを手放さない。韓国の「新しい」作家として評判が高いのも納得だ。