『日本語教師、外国人に日本語を学ぶ』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
日本語だから表現できる感情。流暢に言葉を操る9人の外国人たち
[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)
本書のタイトルを見たとき、まずは「おや?」と思う。本来は教える側であるはずの日本語教師が、外国人から「日本語を学ぶ」とはどういうことなのだろう。
著者はこれまで留学生を中心に、様々な背景を持つ外国人に日本語を教えてきた。しかし、15年以上にわたる指導経験のなかで、ある時期からこんな問いが心に生じたという。
日本語を学ぶ外国人は数えきれないほどいる。では、そのなかで日本語を自在に操り、自己を表現するレベルにまで至った人々は、どんな「景色」を見ているのだろうか――。
著者は答えを探るため、日本に長く暮らし、今では流暢な日本語を話す9人の外国人を訪ねる。登場するのは、韓国出身の歌手、イタリア出身の翻訳者、大使館員として働くフィンランド人の女性、さらにはベナンから来た理系研究者……。「コンテキスト(文脈)の中で覚える」「音で覚える」など、彼らの日本語習得法は実に多様で、それぞれの辿ってきた道のりの違いが面白い。なかには、稲盛和夫著『生き方』を1年間かけて読み続けた、というベトナムの技能実習生のエピソードもあった。
言語の習得について語ることは、なぜ日本に来たのか、日本語の話者となって何を実現したいのか、という夢や目標、もっと言えば人生観を語ることでもある。9人の語りにはこれまでの苦労や思い、言葉を扱えるようになっていく喜びが滲み、読んでいるとその場で話を聞いているかのような臨場感があった。
母語では表現できないが、日本語では表現できる感情がある。言葉を使い続けて初めて作り上げられた「自分」がいる。
言語の習得を通して、新たな思考の枠組みを得ていった人たちの経験に分け入る中で、著者があらためて触れた「日本語」の奥深さ。そのエッセンスを丁寧に見つめ、対話を文化論やコミュニケーション論にも広げていく視点に興味が尽きなかった。