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昭和を伝える荷風の名品、文学賞二冠の傑作、人気シリーズ新装版。魅惑の歴史新刊!
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
つい手に取ってしまった。永井荷風の『つゆのあとさき・カッフェー一夕話』などという表紙を見ると、学生時代が懐かしく思い出される。と、川端康成と谷崎潤一郎の評も収録されていて、いよいよ興味が湧いた。銀座の有名カッフェー「ドンフワン」でトップを張る女給君江は、「人から怨(うらみ)を受けるような悪いことをした覚えは、どう考えてみてもない」と言い切るが、しかしその実、あざとく男たちを悩殺しては、翻弄していく。〈婬蕩なる男女の痴情の世界〉を、舞台である昭和初期の東京のローカルカラーを、世相史を、風俗史を、荷風の表現力が描破する。「心理描写を避け唯表面の行動」を「無頓着」に表現することで、君江の実相がはっきりと「読者の眼に映」る。それが「この小説の凄味」となっている。恐るべし荷風。この齢になって己の勉強不足を思い知らされる。
文学賞三冠という破格のデビュー作『化け者心中』に続き、これまた二冠に輝く蝉谷めぐ実の『おんなの女房』(角川文庫)は、森田座稀代の若女形・喜多村燕弥と、歌舞伎の“歌〟の字も知らぬまま彼のもとへ嫁いだ武家の娘・志乃の新婚夫婦の恋物語。しかし志乃は必死。何故なら燕弥は平生も女として過ごす〈漬け込み〉系。志乃は、武家の娘、燕弥の女房、女形の女房と、どこに己のアイデンティティを見出すのか。それは、燕弥演じる「姫」の演目とも重なり、終盤へ向けての盛り上がりはたまらない。入れ子型にもなっていて、〈幕引〉を読んだ後の胸熱の感動は「極上上吉」だ。
表沙汰に出来ない揉め事の内済を生業とする、元公儀御小人目付の九十九九十郎が主人公の辻堂魁〈仕舞屋侍〉シリーズ『青紬の女』(徳間文庫)。お馴染みの魅力溢れる登場人物に加えて、今回の核たる〈青紬の女〉おまさがいい。関八州で名を馳せる女壺ふりながら、その出自は。袖を振り合うほどの些細な縁で、ある事件から命を救ってやった童女・お玉。九十郎はこの二人を危機から助け出せるのか。斬り合いのシーンは読み応え抜群。〈償い〉で皆が救われることを祈りたい。