フェミニズムを体現したノーベル賞作家の醜聞を丁寧に考察した文芸批評

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フェミニズムを体現したノーベル賞作家の醜聞を丁寧に考察した文芸批評

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


「新潮」

 文学賞はあまたあるけれど、本欄が重要視しているのは芥川賞だけである。

 理由は二つ。一つは、いわゆる「文壇」、純文学業界が事実上芥川賞を中軸に編成されているため。もう一つは、社会的影響力を持つ唯一の賞だからだ。両者は実のところ不可分である。

 芥川賞は建前としては新人賞だから、制度維持のためには新人の小説がある程度の量コンスタントに発表される必要がある。ところがこの上半期、新人小説が異様に少ないのだ。不作というより旱魃の印象である。

 今4月号にはようやく7篇ほど新人小説が掲載されているものの、無理しても候補に押し込めるか疑問という水準の作ばかりだ。賞の格好がつくかは、勝負作が投入される5、6月号次第だが、今の調子だと佳篇を出せれば受賞確率は平素より高いだろう。ある意味でチャンスの回ではある。

 大濱普美子「軒下の祈り」(文學界)を取り上げるのは、作風におやっと思ったからだ。2022年に泉鏡花賞を受賞した大濱は幻想文学方面で評価の高い作家だが、本作にはその要素は皆無である。女性同士の出会いから同棲、別離までをコミカルに描く筆致は、老女のシスターフッドがモチーフの旧作「骨の行方」(『陽だまりの果て』に収録)に近いが「骨~」よりだいぶ落ちる。文芸誌のトレンドにスポイルされたように見えてしまった。

 さて、ノーベル賞作家であるアリス・マンローの醜聞が露呈したのは2024年の死去の直後。自分の娘が2番目の夫から性的虐待を受けていたのを知りながら娘を切り捨て、ペドファイルの夫を選び、あまつさえ作品にしていたことが、当の娘アンドレアにより告発されたのである。フェミニズムを体現した作家とマンローは目されていただけに衝撃はひとしおだった。

 レイチェル・アヴィヴ「アリス・マンローのパッシヴ・ヴォイス」(新潮)は、関係者への綿密な取材から得た事実と、作品解読とを慎重に照らし合わせて作家の内面の真実を追ったルポルタージュだが、あるべきアプローチの文芸批評と読むこともできよう。訳者はマンロー作品の翻訳を数多く手掛けた小竹由美子。

新潮社 週刊新潮
2025年4月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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