『大軍都・東京を歩く』
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『大軍都東京』黒田涼著
[レビュアー] 宮部みゆき(作家)
一九九〇年代半ばに、2・26事件を題材とした作品を書くため、赤坂や戒厳司令部のあった九段下あたりを歩き回ったことがある。事前に史料で場所を調べておかないと、決起した青年将校たちのいた連隊も、彼らが兵卒を率いて歩いた道筋も、事の成り行きを不安と好奇心を抱いて見守る市井の人びとが集まったであろう街角も、なかなかわかりにくかった。江戸時代の大名屋敷や文化人の寓(ぐう)居(きょ)などは史跡として観光案内のパンフレットなどにも載せられているのに、昭和の軍事史にからむ場所の多くは忘れ去られている。
その意味で、本書は画期的な一冊だ。「大軍都」であった戦時下の東京に存在した軍事施設の痕跡を、戦後八十年を経た今日の街から探し出し、豊富な写真を添えて見せてくれる。戦争遺跡を知ることは、都内の多くの町の歴史について知ることでもあるのだ。(笠間書院、2200円)