『なぜ人は自分を責めてしまうのか』
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『なぜ人は自分を責めてしまうのか』信田さよ子著
[レビュアー] 東畑開人(臨床心理士)
根幹に「支配」 心の謎解き
ラディカルで、常識を揺さぶる本だ。人が人をケアする。善きことのように、常識的には思われるだろう。でも、違う。ケアは常に善というわけにはいかない。「あなたのために」と言いながら、人は人を支配し、自由を奪い、心を損なうこと「も」あるからだ。そういうときに、愛する人から受けた傷は合理化されるほかなく、人は「自分が悪いんだ」と自らを責めることになる。
信田さよ子は日本を代表するカウンセラーだ。暴力や依存症、そして家族をめぐる臨床の最前線にたち、そこにある痛ましく、切なく、ときに奇怪な事実を言葉にし、思想を紡いできた。本書は彼女の仕事を総覧し、その思想を一般向けに語り下ろした入門書でもある。
取り上げられているのは、「アダルトチルドレン」「毒親」「共依存」など、人と人とがわかちがたく結びつくことでもたらされる深い傷であり、不自由である。詳細は一読いただくとして、著者の思想の根幹にあるのは「支配」である。
彼女は常識にとらわれることなく、あらゆるところに支配を読み取る。例えば、親戚の集まりで、誰もが生後2か月の赤ちゃんに注目しているとき、その場の支配者はその赤ちゃんであると語られる。強きものではなく、もっともか弱きものが場を支配することもあるのが、人間と人間の関係の不可思議さなのだ。
ただし、赤ちゃんの支配がそうであるように、支配をすべて悪いものとは、著者は捉えていない。ここに臨床家の思想がある。ケアはときに支配になる。しかし、人と人とが関係を持つ以上、支配を完全に拭い去ることはできない。それを潔癖に消毒するならば、人は孤独になるほかない。この複雑で不純な現実の中で、いかにして人と人とが一緒に居ることができるのかが問題なのだ。
なぜ人は自分を責めてしまうのか。タイトルの問いかけに対して、著者は自分を責めるのではなく、問題の正体を見極めようと提案する。ぜひこのタフなカウンセラーと一緒にあなたの心の謎解きをしてもらえればと思う。(ちくま新書、968円)