『熊はどこにいるの』木村紅美著

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熊はどこにいるの

『熊はどこにいるの』

著者
木村 紅美 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309039466
発売日
2025/02/06
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『熊はどこにいるの』木村紅美著

[レビュアー] 大森静佳(歌人)

山奥の女たち 内なる闇

 良い小説はいつも、本当の意味で読み終わった感じがしない。ざらりと何かが残る。このざらつきを抱え続けていきたい、これから残りの人生をかけてどうにか読み終わりたい。そう思える小説に出会うことは稀(まれ)だが、デビュー十九年を迎える著者が世に送りだした本作は私にとってまちがいなくそんな一冊になった。

 暴力から逃れてきた女たちを匿(かくま)う山奥の家で暮らすリツとアイ。大津波で職を失って困窮するサキ。サキを気遣う移住者ヒロ。四人の女性を語り手とする物語は、推定四、五歳の男の子が「下界」のショッピングモールで保護されるところから始まる。彼は赤ん坊の頃にアイに拾われ、「ユキ」として育てられた男児だった。幼少期に受けた性的虐待のために男性全般を嫌悪するリツは、ユキを「男でも女でもない、透きとおった性の子にしたい」。家の外には危険な熊がいるからね、と教えこむ女たち。ところが山奥で子育てに励むうち、じつは自分たちの内側にも「熊」がいるのだと認めざるをえない状況が訪れる。ここでの「熊」とは社会から疎外され、加害してしまう者の象徴。採集や狩猟をしながら暮らす描写の牧歌的な明るさと、自分のなかの「熊」と目が合う瞬間のほの暗さ。そのコントラストがグロテスクで凄(すさ)まじい。

 具体的には震災後七年を経た東北の「M市」が舞台だが、全体の印象は神話めいている。リツ、アイ、サキ、ヒロという片仮名の簡潔な名前。シェルターとして機能する山奥の家は「丘のうえ」、東京はそっけなく「首都」と呼ばれる。東北弁の気配はなく、女たちが交わす言葉はどこか透明。この神話めいた雰囲気が、「熊はどこにいるの」という問いになまなましく幼い響きを纏(まと)わせている。誰かを糾弾するわけでも、善悪のジャッジがなされるわけでもない。熊とは誰なのか、熊はどこにいるのか、熊との共生は可能なのか。多くの問いが、ただ問いだけが、最後の一頁(ページ)に至るまでふるえつづける。(河出書房新社、1980円)

読売新聞
2025年3月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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