『〈染織の都〉京都の挑戦』
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『〈染織の都〉京都の挑戦 革新と伝統』北野裕子著
[レビュアー] 岡美穂子(歴史学者・東京大准教授)
美と技 支えた「繋がり」
本書は、京都が平安時代から育んできた染織文化が、近代化の荒波の中で「染織の都」として存続した歴史を詳細に描く。渡来人の技術で躍進した日本の織物文化は、江戸時代には西陣織や友禅染が全国に名を馳(は)せ、技術と美意識の頂点を極めた。だが、明治維新による東京奠(てん)都(と)で政治・経済の中心が一極集中しはじめ、京都の町の重要性は低下する。
明治期には、洋装などの西洋文化の流入と産業革命の影響で機械織物が台頭し、手仕事の伝統が脅かされた。だが、京都の経営者、技術者、職人たちは、伝統技術を守りつつ新たな需要に応える努力を重ねた。大正期には、京染が隆盛を極め、色彩豊かな友禅染が都市文化に花を添えた。それに拍車をかけたのが、三越や大丸、高島屋など、この時期急成長し始めた呉服店を母体とする「百貨店」である。しかし、昭和初期の経済恐慌は染織業にも打撃を与え、奢(しゃ)侈(し)禁止令や戦争による資材不足が追い打ちをかける。それでも、職人たちは大衆向けの製品開発にシフトし、生き残りを図った。
本書は、こうした時代ごとの適応と進化を具体的な事例とともに描き出す。例えば、明治の技術者たちが西洋の染色技術を取り入れつつ、日本の感性を活(い)かした製品を生み出した過程や、昭和期に新たな市場を開拓した丸紅などの商社の戦略が紹介される。著者は、革新が積み重なることで伝統が形成されていくと指摘し、単なる過去の継承ではなく、不断の挑戦が京都染織の生命線であったと論じる。
近代化の中で失われたものも少なくないが、京都は独自の美意識と技術を保持し続けた。その底力は、地域全体で産業を支える縦横の繋(つな)がりにあったとされる。本書を通じて、京都が単なる伝統の守護者ではなく、常に未来を見据えた「挑戦の都」であったことが浮き彫りになる。京都のきもの産業史だけではなく、日本近代史の一側面を知る上でも貴重な一冊である。(吉川弘文館、2090円)